便所はばかり)” の例文
母親は、うす暗い廊下を、自分の草履の音にせき立てられて便所はばかりに行ったが、月の光が彼女の心をかきむしるやうに、窓の外にさえて居た。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
私が前へ便所はばかりへ往くようにして出て往って、彼処あすこ三叉路みつまたの処で待っておる、お前も後から便所へ行くと云って出て来て、三叉路の処へお出で
白い花赤い茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
兄二人が最後まで話に耽つてゐたが、其處へ辰男は忍び足で下りて來て、便所はばかりへ行くが早いか直ぐに階子段を上つた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
可笑しい時に笑はなけれあ、腹が減ツた時便所はばかりへ行くんですかツて、僕は後で冷評ひやかしてやツた。………………尤もなんだね、宗教家だけは少し違ふ様だ。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
便所はばかりに立つふりをして、私の首にかじりつこうとなすったり、この頃では昼間お酒の気がない時でさえ、妙な眼付をして私のお臀を叩いたりなさるんです。
或る男の手記 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
十一時の時計を聞いてそろそろ帰仕度をしようという時、丁度便所はばかりへと下りて行ったお千代が突然大きな声で
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ぐるりとその両側、雨戸を開けて、沓脱くつぬぎのまわり、縁の下をのぞいて、念のため引返して、また便所はばかりの中まで探したが、光るものは火屋ほやかけらも落ちてはいません。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
咲子は立って廊下へ出たが、そこで振りかえって、千代子を招いた。千代子が同じく立って廊下へ出ると、小さな声で、こわいからいっしょに便所はばかりへ行ってくれろと頼んだ。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
便所はばかりの手拭ひ掛けがこと/\と、戸袋に当つて搖れるのがやむと、一頻ひとしきりひつそりと静かになつて、弱り切つた虫の音が、歯※はぐきにしみるやうに啼いてるのが耳だつて来る。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
七蔵が便所はばかりに行ったのを送って行ったお関は、廊下でそっと彼に取り持ちを頼むと、酔っている七蔵は無雑作むぞうさに受け合って、おれから旦那にいいように吹き込んでやるから
半七捕物帳:14 山祝いの夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
じゅくよりもきっと静かよ。でもこんなに森があっちゃ夜になったらさびしいわねえ。わたしひとりでお便所はばかりに行けるかしらん。……愛ねえさん、そら、あすこに木戸があるわ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「何も何も、……灯を點けて……一寸便所はばかりにゆき度いのだから……マツチは何處け。」
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
情なや、便所はばかりへ行ってしまったのだった。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
ねえさん、あの、便所はばかりはどちらですの?」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
……お父さんは? 便所はばかり
彦六大いに笑ふ (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
尾籠びろうながら便所はばかりを」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夜中に何心なく便所はばかりへ下りて見ると、いつの間にか他の一人のお客が女将とよろしく収っていたという話をば弁舌滔々とうとうさながら自分が目撃して来たもののように饒舌しゃべり立てた。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
便所はばかりへ行く時小使室の前を通ると、昨日まで居た筈の、横着者のおやぢでなく、かねて噂のあつた如く代へられたと見えて、三十五六の小造りの男が頻りに洋燈掃除をして居た。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「おい、半ちゃん、八千代が、便所はばかりへ往って賽ころを揮ってるのだと云ってたぜ」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お蝶ははっと立ちすくむと、便所はばかりならば御案内すると云って彼女が先に立って行った。縁側へ出ると広い庭が見えた。月のない夜で、真っ暗な木立のあいだに螢のかげが二つ三つ流れていた。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その時千代香が便所はばかりを借りにと松風の座敷へ上ったが、すると二人は何しろ疲れきっているので、もう何処どこへも行く元気がなくそのままこの松風の奥二階へ蒲団を敷いて貰うことにした。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
翌朝あくるあさの四時までに、都合十三回も便所はばかりに立つた。が、別に通じがあるのではない。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「でも叔父おじさんが昨夜ゆうべ遅く便所はばかりへ往ったついでに、あんたの室の前まで往ってのぞいてみると、あんたは蒲団ふとんの上へ坐って、何か云ってたと云うじゃないかね、どこか悪いでしょう、おかしいじゃないかね」
岐阜提灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
先刻教へたアノ洋燈ランプをつけて、四畳に行つておやすみ、蒲団は其処の押入に入つてある筈だし、それから、まだ慣れぬうちは夜中に目をさまして便所はばかりにでもゆく時、戸惑ひしては不可いけぬから
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「そう、ねえ、ほんとに長いわ、便所はばかりへ往ったのでしょうか」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
同じ教会の信者だといふハイカラな女学生が四五人、時々野村を訪ねて来た。其中の一人、脊の低い、鼻まで覆被おつかぶさる程庇髪ひさしがみをつき出したのが、或時朝早く野村の室から出て便所はばかりへ行つた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
便所はばかりの中で、さいころをってるじゃないか」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
便所はばかりへでもいらっしたのだろうか」
狐の手帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)