仄見ほのみ)” の例文
故人の孫の柳生兵庫に対し胤舜が自ら奉じるところの槍をもって、一手の試合を望んでいるらしい気ぶりも仄見ほのみえるのである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日中なれども暗澹あんたんとして日の光かすかに、陰々たるうち異形いぎやうなる雨漏あまもりの壁に染みたるが仄見ほのみえて、鬼気人にせまるの感あり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼は今靜かに坐つてゐるけれども、その鼻孔びこう、その口、その額の邊りに、焦立いらだちか頑固か熱情か、その何れかを表示するものが仄見ほのみえるやうな氣がした。
遠いタダの知人にはすこぶ慇懃いんぎんな自筆の長手紙ながてがみを配るという処に沼南の政治家的面目が仄見ほのみえる心地がする。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼女の眼に村瀬のくり色の肉体が仄見ほのみえた。ただ一つ、菊の花のり場が彼女を思ひ惑はせてゐた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
今や世界の平和曙光の仄見ほのみえつつあることは前述の如くである。しかしながら一国といえども侵略的の企図を有する国家ある以上は、列国の軍備を制限せんとすることは実際不可能である。
世界平和の趨勢 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
私の行く手に何者かが異様な恰好かっこうでうずくまっているのが仄見ほのみえたので。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
衷心ちゅうしんから湧起わきおこ武士さむらいの赤誠を仄見ほのみせて語ったその態度その風采ふうさい
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
どうもそういう様子が仄見ほのみえるのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
仄見ほのみゆる春の夜の
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
なよびこそ仄見ほのみれ。
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
茶々は、いよいよ美しくなり、いよいよ母のおいちかたもしのぐばかり、美人系の織田家の高貴な血液を、春蘭しゅんらんの花の肌にも似た頬にも襟すじにも、仄見ほのみせて来た。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ながしところに、浅葱あさぎ手絡てがらが、時ならず、雲から射す、濃い月影のようにちらちらして、黒髪くろかみのおくれ毛がはらはらとかかる、鼻筋のすっととおった横顔が仄見ほのみえて、白い拭布ふきんがひらりと動いた。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓の外には、いよいよ吹き募っている雪のあいだから、ごく近くの木立だとか、農家だとかが仄見ほのみえるきりだった。しかし、まだ彼女には汽車がいま大体どの辺を走っているのか見当がついた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼の父は、北条流のながれを汲む三代目安房守氏勝うじかつであろう。そうすると、その母は、小田原の北条氏康のむすめである。人品のどこかに、下賤げせんでないものが、仄見ほのみえるのは、道理であった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また気勢けはいがして、仏壇の扉細目ほそめ仄見ほのみたま端厳たんごん微妙みみょう御顔おんかんばせ
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)