中有ちゅうう)” の例文
いずれにしても明日の事は判らない。判らぬ事には覚悟のしようもなく策の立てようも無い。厭でも中有ちゅううにつられて不安状態におらねばならぬ。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それ、「虚空」が天上の音であって「虚霊」が中有ちゅううの音、「鈴慕」に至って、はじめて人間じんかんの音である——ということは前に述べたこともある。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こういう連中は全く盲人めくらというでもなく、さればといって高慢税を進んで沢山納め奉るほどの金も意気もないので、中有ちゅううに迷った亡者のようになる。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しては極楽へ行けることがまれで、そして暗い中有ちゅううに長くいなければならなくなるのもつまりませんよ、いっさいくうとあきらめるのがいちばんいいのですよ
源氏物語:50 早蕨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
仏教の方では人が亡くなった時に香を手向たむけますが、これは「中有ちゅうう(中陰)の衆生は、香をもってじきとする」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
貞世はまっに充血して熱のこもった目をまんじりと開いて、さも不思議そうに中有ちゅううを見やっていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして、腕白小僧がじだんだを踏む恰好で、二本の足が中有ちゅううにもがき、やがて、白い足の裏丈けが、頭上遙かに揺曳ようえいして、遂に裸女の姿は眼界を去って了ったのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかしその美しい妻は、現在縛られたおれを前に、何と盗人に返事をしたか? おれは中有ちゅううに迷っていても、妻の返事を思い出すごとに、嗔恚しんいに燃えなかったためしはない。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
や、これはそも、老人わしたまの抜出した形かと思うたです、——誰も居ませぬ、中有ちゅううの橋でな。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『倶舎論』に曰く、「死有しうののち、生有しょううさきにありて、二者の中間ちゅうげんに、五蘊ごうんの起こるあり。生処しょうしょに至らんがためのゆえに、このしんを起こす。二しゅの中間なるがゆえに、中有ちゅううと名づく」
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
そのすぐ後ろの中央には、黒衣の婦人がすわつて、どこか中有ちゅううを見つめてゐます。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ト言ったその声が未だ中有ちゅうう徘徊さまよッている内に、フト今年の春向島むこうじま観桜さくらみに往った時のお勢の姿を憶出し、どういう心計つもり蹶然むっくと起上り、キョロキョロと四辺あたり環視みまわして火入ひいれに眼をけたが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
やせ細っていたほおはことさらげっそりとこけて、高々とそびえた鼻筋の両側には、落ちくぼんだ両眼が、中有ちゅううの中を所きらわずおどおどと何物かをさがし求めるように輝いた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
つひに(と、ここで柏翁はのぼりの文字をずいと指さし)Resistantiaレジスタンシヤ 宗の教祖となつて、死すれども死せず、死せざれども生ぜず、永劫えいごうにロギカの亡霊となつて中有ちゅううをさまよひ
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
おれはそれぎり永久に、中有ちゅううの闇へ沈んでしまった。………
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
両身の間に受くるところの陰の形を、名づけて中有ちゅううとなす
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
そんな話をしてくれる保姆ほぼさんと一しよに千恵がこはごはじつと見てゐると、その子は手すりに両手をかけたまま、まんじりともせずに中有ちゅううをみつめてゐました。うつろな大きな眼でした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
と思うとやがてその輪郭が輝き出して、目も向けられないほど耀かがやいたが、すっと惜しげもなく消えてしまって、葉子は自分のからだが中有ちゅううからどっしり大地におり立ったような感じを受けた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)