“こうぞう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
行蔵33.3%
構造25.9%
香蔵7.4%
幸三3.7%
弘蔵3.7%
降蔵3.7%
搆造3.7%
浩蔵3.7%
窖蔵3.7%
興蔵3.7%
香象3.7%
鴻蔵3.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
平生の知己に対して進退行蔵(こうぞう)を公明にする態度は間然(かんぜん)する処なく、我々後進は余り鄭重(ていちょう)過ぎる通告に痛み入ったが、近い社員の解職は一片の葉書の通告で済まし
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「いかんぞ、いかんぞ、ゆだんもスキもなりはしない。まだすっかりできあがらぬうちに、この大坂城(おおさかじょう)の縄取(なわど)り構造(こうぞう)を浜松(はままつ)の狸(たぬき)めが盗(ぬす)みおった」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬籠の庄屋としての半蔵には中津川の景蔵(けいぞう)や香蔵(こうぞう)のような自由がない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幸三(こうぞう)は、どんな人(ひと)かとおそるおそるはいってきたのでした。きっと社長(しゃちょう)という人(ひと)は、いかめしい顔(かお)つきをしていると思(おも)ったからです。
新しい町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
幸三(こうぞう)は、そこにあった重(おも)い鉄板(てっぱん)に両手(りょうて)をかけました。しかし、それは、容易(ようい)に持(も)ち上(あ)げることすらできないほど、重(おも)かったのでありました。
新しい町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
小松帯刀(たてわき)、木戸準一郎、後藤象次郎(ごとうしょうじろう)、伊藤俊介、それに京都旅館の準備と接待とを命ぜられた中井弘蔵(こうぞう)なぞは、どんな手配りをしてもその勤めを果たさねばならない。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
中井弘蔵(こうぞう)がその棺を持って大坂に帰り着いたころは、やがて一番鶏(どり)が鳴いた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「わたくしですか。諏訪飯島村(すわいいじまむら)の生まれ、降蔵(こうぞう)と申します。お約束のとおり片桐までお供をいたしました。これでお暇(いとま)をいただきます。」
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
敦賀(つるが)の町役人から街道筋の問屋にあてたもので、書き出しに信州諏訪飯島村(いいじまむら)、当時無宿降蔵(こうぞう)とまず生国と名前が断わってあり、右は水戸浪士について越前(えちぜん)まで罷(まか)り越したものであるが、取り調べの上
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
生來の習慣と住居の搆造(こうぞう)とは寒地人民の裸体を許すものなり。習慣(しうくわん)を異にし住居を異にするアイヌとコロボツクルが裸体(らたい)に對(たい)する考へを等しうせざるは怪(あやし)むに足らず。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
断行派の仏法学者では井上正一(しょういち)君、宮城浩蔵(こうぞう)君、末松三郎君等が最も有力なる論者であった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
第七 窖蔵(こうぞう)ノ氷雪夏月鳥魚諸肉ノ敗餒(はいだい)ヲ防ギ水漿(すいしょう)ヲ冷ヤシテ収儲(しゅうちょ)晷(とき)ヲ延(ひ)クコトヲ得イハユル氷雪冬時コレヲ蔵シ夏時コレヲ開キ食肉ノ禄(ろく)喪祭賓客用ヒザルコト無シコレ亦(また)輔相調爕(ちょうしょう)ノ一事トコレナリ
雪 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
馬琴の父は興蔵(こうぞう)といって松平信成(のぶなり)の用人であったが、馬琴の幼時死亡した。家は長兄の興旨(こうし)が継いだが故あって主家を浪人した。しかし馬琴だけは止まって若殿のお相手をしたものである。
戯作者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
香象(こうぞう)の海をわたりて、波を開(あ)けるがごとく、大軍わかれて、当る者とてなき中を、薙ぎ払いてぞ通りける……。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この父子の他(ほか)、俳優にして香以の雨露に浴したものには、猶(なお)市川小団次、中村鴻蔵(こうぞう)、市川米五郎、松本国五郎等がある。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)