“かんてい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
鑑定59.1%
桓帝9.1%
官邸6.8%
鑒定6.8%
澗底4.5%
勘定2.3%
寒庭2.3%
戡定2.3%
関定2.3%
関帝2.3%
館第2.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
娘を見失つたのは、何と言つても大失策(だいしつさく)に相違ありませんが、その代り、あの浪人者を手習師匠と鑑定(かんてい)した、親分平次の失策も掴んだのです。
それから老翁はことごとく関羽に心服して自分の小斎(こべや)に招き、身の上などうちあけた。この老翁は胡華(こか)といって、桓帝(かんてい)のころ議郎(ぎろう)まで勤めたことのある隠士だった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
強盗の張本が、検非違使の官邸(かんてい)の中へ姿をかくすなど、奇怪至極(きっかいしごく)であると思ったが、深夜であるし、処置の方法がない。
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
件(くだん)の亀の化石、本草家の鑒定(かんてい)を得(え)て秦亀(しんき)ならば一層(そう)の珎(ちん)を増(ます)べし。山にて掘(ほり)得(え)たりとあれば秦亀(しんき)にちかきやうなり。化石といふものあまた見しに、多は小(ちひさ)きものにてあるひはまた体(かたち)全(まつたき)も稀(まれ)なり。
菜の花、豆の花ならば戯るる術(すべ)もあろう。偃蹇(えんけん)として澗底(かんてい)に嘯(うそぶ)く松が枝(え)には舞い寄る路のとてもなければ、白き胡蝶(こちょう)は薄き翼を収めて身動きもせぬ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だからこの女の落ちつきは、自分で自分の神経を殺しているという自覚に伴(とも)なったものだと彼は勘定(かんてい)していた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分よりは適当な候補者の上に纏(まと)いつくに違ないと勘定(かんてい)して、直接に母を失望させる代りに
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょうど生きた人魂(ひとだま)だね。扨(さ)て門を這入ってみると北風(ほくふう)枯梢(こしょう)を悲断(ひだん)して寒庭(かんてい)に抛(なげう)ち、柱傾き瓦落ちて流熒(りゅうけい)を傷(いた)むという、散々な有様だ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ここに三郡の戡定(かんてい)も成ったので、蜀は軍容をあらためて、大挙、長安へ進撃することになったが、それに先だって孔明は諸軍をねぎらい、まず降将梁緒を天水の太守に推し、尹賞(いんしょう)を冀城の令とし
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それはそれはなんたる奇縁でしょう。てまえの家の氏(うじ)も関氏(かんし)で、わたくしは関定(かんてい)というものです」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばらくして宋公は、唯(と)ある役所へいった。そこは壮麗な宮殿で、上に十人あまりの役人がいたが、何人ということは解らなかった。ただその中の関帝(かんてい)の関羽(かんう)だけは知ることができた。
考城隍 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
下谷佐竹(したやさたけ)の屋敷は調練場(ちょうれんば)となり、市ヶ谷と戸塚村(とつかむら)なる尾州侯(びしゅうこう)の藩邸、小石川なる水戸の館第(かんてい)も今日われわれの見る如く陸軍の所轄(しょかつ)となり名高き庭苑も追々に踏み荒されて行く。