鬼気きき)” の例文
旧字:鬼氣
呂宋兵衛の辞退をきくと、半助は、だれも刑場けいじょうへでると、一しゅ鬼気ききにおそわれる、その臆病風おくびょうかぜ見舞みまわれたなと、苦笑くしょうするさまで
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬼気ききせまる鬼仏洞内での双方の会見は、お昼前になって、ようやく始まった。もっとも明り窓一つない洞内では昼と夜との区別はないわけである。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
己は生れてからまだ一遍も、あんな不思議な、底の知れない愛嬌と魔力と鬼気ききとをたゝえて居る眼球めだまと云う物を見た事がない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もしや空耳そらみみではないかと、叔父は自分の臆病を叱りながら幾たびか耳を引っ立てたが、聞けば聞くほど一種の鬼気ききが人を襲うように感じられて
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
では言水の特色は何かと云へば、それは彼が十七字の内に、万人ばんにんが知らぬ一種の鬼気ききりこんだ手際てぎはにあると思ふ。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
お濠を越えて吹き渡る夜風がふわり、ふわりと柳の糸をそよがせながら、なぜともなしに鬼気きき身に迫るようでした。
ことに女主人公が死ぬところは鬼気きき人を襲うようだと評したら、僕の向うに坐っている知らんと云った事のない先生が、そうそうあすこは実に名文だといった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
読みさしの本をわきに置いて何か考えていると、思わずつい、うとうととする拍子に夢とも、うつつともなく、鬼気きき人に迫るものがあって、カンカン明るくけておいた筈の洋燈ランプあかり
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
あらしはしかしいつのまにかぎてしまって、あらしのあとの晩秋の夜はことさら静かだった。山内さんないいちめんの杉森すぎもりからは深山のような鬼気ききがしんしんと吐き出されるように思えた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
迫る鬼気きき呼吸いきがかたまって、二人はもう額に汗をかいている。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わが船を海気かいき鬼気ききかおそひ来て目の閉ぢられぬ旅順の瀬戸に
望遠鏡に、ケープ・ホーンの、鬼気きき迫る山影がうつったかと思う間もなく、南米大陸は、ぐんぐんと後に小さくなって、やがて視界に没した。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さんとして、鬼気きき読史とくしの眼をおおわしめるような生涯の御宿命をも、すでに、このときに約していたものであるから、語るを避けるわけにもゆかない。
しかしここまで来た上は、なにかを掴まないと引返すことは出来ない。鬼気ききせまると共に、大隅理学士の全身には、だんだんと勇気が燃え上って来た。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「イヤ、今の最後の声に鬼気ききがあった。誰か人が斬り殺されたぞ」
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
全くドームの中の鬼気きき人に迫る物凄ものすさまじさはドームへ入ったことのある者のみが、知りあたうところの実感だ。そこには恐しく背の高い半球状の天井てんじょうがある。天井の壁も鼠色にぬりつぶされている。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)