鬱屈うっくつ)” の例文
「あんまり月がよかったものですから、鬱屈うっくつしてらっしゃる先生に湖上の月をお見せ申して、慰めて上げたいと思ったばっかりに……」
しかしながら我々は、既にこの単調から鬱屈うっくつしている。今や眠れるものの上に、新しき欲情は呼び起され、世界の変化は近づいている。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
甲州在陣中、何か生理的に鬱屈うっくつしていたものが、はじめて発散したように快適を覚えた。風邪気かぜけの微熱が除かれたように軽々した。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう言う動作をくり返して居る間に、自然な感情の鬱屈うっくつと、休息を欲するからだの疲れとが、九体の神の心を、人間に返した。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
ただしかし、当の一郎だけは、なにか心に鬱屈うっくつするところがあるらしく、憂愁に充ちた顔つきをしていた。それは驚くほど深刻な顔つきであった。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
きのう電車ではしって来た沿線の曠田こうでんの緑と蓮池はすいけ薄紅うすべにとがはるか模糊もことした曇天光どんてんこうまで続いて、ただ一つの巒色らんしょくの濃い、低い小牧山が小さく鬱屈うっくつしている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そしてわたくしは茲にも表現されずして鬱屈うっくつしている一族の家霊を実物証明によって見出すのであった。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
が、どうして、幾日も幾日もの鬱屈うっくつの床で、光明に眼醒めざめてじっとしていられよう!
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
手に/\薪を負ひて樵路しょうろを下り来るに逢ひ、顛末を語り介抱せられて家に帰り着きたりしが、心中鬱屈うっくつし顔色憔悴しょうすいして食事も進まず、妻子等色々と保養を加へ、五十余日して漸く回復したりと也。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それで一倍鬱屈うっくつしたので。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こう体のうちに鬱屈うっくつしている元気とでもいうようなものが、血の底にたまって、それがひどくなると、暗鬱あんうつにさえなってくるのじゃないかと思います
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、いつものように花やかには執り行われないが、人気というものはかえって、こんな際に鬱屈うっくつするものだから、底景気はなかなか盛んであるらしい。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
詩を思う人の心は、常に現在ザインしないものへ向って、熱情のかわいた手を伸ばしている。そして実に多くの詩人は、彼自身の存在に鬱屈うっくつしており、自己に対して憎悪ぞうお嫌忌けんきとを感じているのだ。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
むす子が親に訣れた後のなにか青年期の鬱屈うっくつを晴らす為にじょきじょき鳴らす刃物かとも思い、ちょっとの間ぎょっとしたが、さりげない様子で根気よくむす子に室内の家具の配置を定めさせた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこで憂いの多い若い仲間が、たま鬱屈うっくつを伸ばすために、かつてはあったが近頃は絶えていた汁講を復活して、一昨年おととしあたりから月々集まっていた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
乗物を捨て、頭巾ずきんをかぶって、山内へさまよい込んだのは、何か鬱屈うっくつして堪え難いものがあるからです。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あるいは詩は霊魂の窓であると言い、天啓の声であると言い、或は自然の黙契であると言い、記憶への郷愁だと言い、生命の躍動だと言い、鬱屈うっくつからの解放だと言い、一々個人によって意見を異にし
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「それは、永々の鬱屈うっくつゆえに、何なりと仰せつけ下さらば、お相手の御辞退はつかまつりませぬ」
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
玄蕃允げんばのじょうは、もういちど、口のうちで繰りかえした。彼の旺盛おうせいな戦意や日頃の性格からしても、月余にわたる無為に似た長陣は、もはや到底耐えきれない鬱屈うっくつとなりかけていたにちがいない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬱屈うっくつたる怪物であると共に、湧くが如き才物であることを、思わせられて、どのみち、非凡の男には相違ないが、どうも非凡過ぎるところがあると、それが気になり出してきました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その鬱屈うっくつをふるいたせたものが、どれほどかかずしれない。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何か気に鬱屈うっくつがあってこうしているのかと思えば、そうではなくて、この小型の蒸気船の模型と、それを見ながら幾つも幾つも線と劃を引張ることに一心不乱であるものらしく見えます。
竜之助はにがり切って、そのかおには負けず根性の中におさえ難い鬱屈うっくつみなぎっている、それを無理に抑えつけて、半ば不貞返ふてかえった気味のお浜の言い分を黙って聞き流しているが、折にふれて夫婦の間には