ひも)” の例文
自分達の泥まみれの仕事着もひもじい空腹も忘れ果てたように、白壁の煉塀を廻らした宏壮な北野家の邸を仰いでいるのをよく見た。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
その大野木まで行けば、小浜行きの乗合バスが出るということですし……仕方がない、草臥くたびれてもひもじくても、大野木まで行くほかはないのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
親の因果が子にむくうとやら、何にも知りません子供たちにまで(涙をふき)ひもじいめをさせます、何方どちらと云って知っている人もございませんで
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
迫り來るひもじさにグウ/\鳴る腹の蟲を耐へて澁面つくつた若者や、腰掛の上に仰向けになつてゐる眼窩がんくわの落窪んだ骸骨のやうなよぼ/\の老人や
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
とりわけやすい俸給で脚をくゝられてゐる下級吏員が苦しい。何故といつて、お役人といふ者は、腹が減つてもひもじう無い顔をしなければならないから。
「ええ。この辺の犬じゃありませんね。自動車にでも乗せてきて捨てて行ったのでしょう。からだも汚れていないし、そんなにひもじがっているようでもないですね。」
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
彼女はひもじさを紛らして寝かしつけようと思って、赤ん坊をゆすぶったりあやしたり、子守唄をうたったりしながら、狭苦しい屋根部屋をあちこちと歩きはじめた。
小さきもの (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「雪の早朝、冷えておひもじくあらせられましょう。まず暖かいものなと召食めしあがられて、それから」
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この時藁鳰わらにおの背後から、嬰児あかごの泣き声が細々と、悲しそうにひもじそうに聞こえて来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三年、五年、十年彼のひもじさ、恥しさ、無念さは、夢にも想像してゐないでせう。
運を主義にまかす男 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「フフ……、罠にかかった猟師だね、君は。散々人を苦しめた報いだ。あきらめるがいい。じゃ、二三日我慢してくれ給え。ひもじいだろうが餓死うえじにする様なことはありやしない。あばよ」
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして疲れとひもじさとで、彼れはこの上その旅をつゞける事をよして了つたのだ。
ひもじさと、恐ろしさと、苦痛と、寒気と、そして他の座員の嘲笑とが、もう毎度の事だったが、黒吉の身の周りに、犇々ひしひしと迫って、思わずホロホロとこぼした血のような涙が、荒削りの床に
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
神前の御簾みすのかげに置いてあった経机もない。高山をその中心にし、難行苦行をその修業地にして、あらゆる寒さひもじさに耐えるための中世的な道場であったようなところも、全く面目を一新した。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼らはひもじさを忘れ、水夫の真似まねをして泳ぎを始める。それから犬の真似をし、かえるの真似をする。二つの頭だけが浮き出ている。彼らは、くだけやすい小さな緑の波を手でかきわけ、足で押しのける。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「安心していろ。首になったって、ひもじい思いはさせない」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
まんまも碌々食べさせないからひもじくなって、私におまんまを食べさせておくれと云うと皿小鉢さらこばちを叩き付ける。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「どうしてッて、君、お宮の方へ行けば祈祷きとうだけしかないよ。そのほかは一切沈黙だよ。寒さひもじさに耐える行者の行くところだよ。それでも、君、わたしにはここへ来て果たしたいと思うことがある。君とわたしとは違うサ。」
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こと許嫁いいなずけの嬢さんで、年齢としは十八でございまして、別嬪べっぴんではあるし、たとえにもいう通りひもじい時のまずい物なしで、おはらいた時においしい物が来たようなもので
「正己はあれで、もうなんでも食べますよ。酢茎すぐきのようなものまで食べたがって困るくらいですよ。妻籠のおばあさんはよく御承知だろうが、あんまり着せ過ぎてもいけない。なんでも子供は寒くひもじく育てるものだって、昔からよくそう言いますよ。」
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)