たけなは)” の例文
彼はもつと落着いた影の訪れるのを願つてゐるのが私には分つた。お茶が濟んで一時間程後、その夜の樂しさのたけなはな頃、ドアを叩く音がした。
お雪伯母の眼も殆ど全快して、愈四条の店が開かれたのは、翌る年の三月末都の春も漸くたけなはになり、花の便りもぽつ/\聞かれる頃であつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
かれそのたけなはなる時になりて、御懷より劒を出だし、熊曾くまそが衣のくびを取りて、劒もちてその胸より刺し通したまふ時に、そのおとたける見畏みて逃げ出でき。
天氣は上々、春はたけなは、これからお靜の手料理で、八五郎とみ交すのが、まさに一刻千金いつこくせんきんの有難さだつたのです。
其處そこでお料理れうりが、もづくと、冷豆府ひややつこ、これはめる。さかづき次第しだいにめぐりつゝ、いや、これは淡白あつさりしてい。さけいよ/\たけなはに、いや、まことにてもすゞしい。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そよ吹く風は丁度たけなはなる春のの如くさわやかにしづかに、身も溶けるやうにあたゝかく、海上の大なる沈静が心を澄ませる。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
あたかも奉天の包囲戦がたけなはになつた時であつただらう。夜半を過ぎて秋田の聯隊司令部から電報がとどいた。そのとき兄嫁などはぶるぶるふるへて口が利けなかつたさうであつた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
たけなはになつた頃、ふと下島が其席へ來合せた。めつたに來ぬ人なので、伊織は金の催促に來たのではないかと、先づ不快に思つた。しかし金を借りた義理があるので、杯をさして團欒まとゐに入れた。
ぢいさんばあさん (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
蘭の香に寒波押しる夜の闇や春たけなはといふにはあり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
慈悲悔恨のゆるみ無く、修羅しゆらたゝかひたけなは
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
芳野の戦ひたけなはなるの日
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とすれば、春も暮行くころか、さらずば秋もたけなはのころ。いづれにしても暑くも寒くもない時分であつたらう。
冬の夜がたり (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
盆踊りがたけなはになつたらしく、太鼓の音にからみ合つて、歌聲まで、風の吹き廻しで手に取るやうに聽えますが、無精者の八五郎は、わざ/\起き出して、それを見に行く氣にもなりません。
日おもての庭の此面このもの白つつじしべながなれや春たけなは
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
慈悲悔恨のゆるみ無く、修羅しゆらたたかひたけなは
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
嵐の如くいよ/\たけなはにしていよ/\急激に、聞く人見る人、目もくらみ心もくつがへがくまひ、忽然として止む時はさながら美しき宝石の、砕け、飛び、散つたのを見る時の心地こゝちに等しく
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)