がら)” の例文
「まあ、あなたは黙っていらっしゃい。あなたのように莫迦正直では、このせちがらい世の中に、御飯ごはんを食べる事も出来はしません。」
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
悲劇でもよいから、せめて浪漫ロマン的な恋をとおもうが、すでに、世の中はせちがらくなっていてお互いの経済の事がまず胸に来る。
恋愛の微醺 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
セチがらかった事や、家庭消費の面の地味だったことは、到底、今日この頃のような、ふんだんなものではなかった。
或る人の書いたものの中に、余りせちがらい世間だから、自用車じようしゃを節倹する格で、当分良心を質に入れたとあったが、質に入れるのはもとより一時の融通を計る便宜べんぎに過ぎない。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
へい全くセチがらい浮世で、なんにでも運上がかかるので、平几帳面ひらきちょうめんにくらそうとしても、見渡す世間が不正直なので、それがうつるんでございますな。まあまあどうぞお縄だけは……
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くちよければ仕入しいれあたらしく新田につた苗字めうじそのまゝ暖簾のれんにそめて帳場格子ちやうばがうしにやにさがるあるじの運平うんぺい不惑ふわくといふ四十男しじふをとこあかがほにしてほねたくましきは薄醤油うすじやうゆきすかれひそだちてのせちがらさなめこゝろみぬわたりの旦那だんなかぶとはおぼえざりけり
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
我我は皆せちがらい現代の日本に育つてゐる。さう云ふことに苦労するのは勿論もちろんかく意味を正確に伝へる文章を作る余裕よゆうさへない。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なるほど彼の卒業した時代に比べると、世間は十倍も世知せちがらくなっていた。しかしそれは衣食住に関する物質的の問題に過ぎなかった。従って青年の答には彼の思わくと多少い違った点があった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いはんや今後もせちがらいことは度たび辯ぜずにはゐられないであらう。かたがた今度の随筆の題も野人生計の事とつけることにした。勿論これも清閑を待たずにさつさと書き上げる随筆である。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)