かこ)” の例文
山の祖神おやのかみが没くなるとまもなく子が無いことをかこっていた筑波の岳神夫妻の間にこれをきっかけに男女五人ほどのこどもができた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
憮然ぶぜんとして腕を組んだ栄三郎の前に、つがいを破られて一つ残った坤竜丸が孤愁こしゅうかこつもののごとく置かれてあるのを見すえている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
江藤氏は周知の如く悲劇に終り、古賀氏は不遇をかこって振わなかった中にあって、大木氏は伯爵家を起すまでに時めいた。
と、おもむろに永い、いつになっても限りのない貧のかこち話を始める。帰るとき、一太と母は幾らかの金の包みと、そう古くない運動シャツなどを貰った。
一太と母 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
窓越しに、同じ運命をかこち合っていると、お杉はさっきから一人で旅包みをこしらえていたが、舌うちして
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生活の倦怠けんたいかこったり、その荒涼の現実のなかで思うさま懊悩おうのう呻吟しんぎんすることを覚えたわけである。
猿面冠者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
けれども年寄というものは必ずしも世の中の不如意ふにょいかこっているとは限らないものである。僕は自分の越し方をかえりみて、好きだった人のことを言葉すくなに語ろうと思う。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
若い者の意気地なさをかこつと共に、不思議に躍るおのが胸に手をやらずにはいられなかった。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
昔を忍ぶようにしみじみとかこたれて、千枝太郎もなんだか寂しい心持になった。女に対する年ごろの積もる怨みは次第に消えて、彼はいつかその人を憫れむようになって来た。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「粋とはれて浮いた同士どし」が「つひ岡惚おかぼれの浮気から」いつしか恬淡洒脱てんたんしゃだつの心を失って行った場合には「またいとしさが弥増いやまして、深く鳴子の野暮らしい」ことをかこたねばならない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
と千吉君は他の吹聴にかこつけて自分のことを告白しているような口吻くちぶりだった。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
くなった父の老僧は、もし子供が不如意をかこって「なぜ、こんな世の中に自分を生んだか」と、父を恨むような場合があったら
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
このかこちごとは近來何度も聞かされた。私は氏のその思ひにいつも同情を禁じ得なかつた。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
私にとっては『退屈』は気心の合った友達のようなもので、私は誰と共にいるよりも、『退屈』と共にいて、無聊ぶりょうかこっている方がいい。いわば私は退屈を楽しんでいるのである。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
何か小声でかこっているのを見ると、禰宜様宮田はほんとに辛いような心持に打たれた。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
この頃の夜の短かくなりかけるのをうたたかこっていたのであった。
また「お伯母さまが、なにもかにも持ってらしってしまったのだわ。眷属中の良いところのものを一人で」とかこったが、男のこころまでかくも牽くということを聴くと
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「お食事の量を聞くと、彼は左右にむかって、よく身神が続くものだとかこっておりました」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みんないまの不自由の身の上をかこつ心は同じで、……私にも親しい気持で軽口がきけたのだ。八等飯にもおなかも慣れてきて、食いたりない気もしなくなり、大きい飯を羨やむ気も薄らいできた。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
と独りかこって、嘆息久しゅうしていたが、やがて病室に帰るやすぐまた打ち臥して、この日以来、とみに、ものいうことばも柔かになり、そして眉から鼻色びしょくには死の相があらわれていた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「魏延は近頃、予を軽んじている。魏と戦って幾度か利あらず、ようやくこの孔明にあいそをつかしておるものと思われる。……ぜひもない」と、自己の不徳を嘆じ、やがてまたこうかこった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お通が、後ろで、独りかこつと
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、かこたしめた事もある。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)