襖越ふすまご)” の例文
襖越ふすまごしに気をくばっていると隣室には乾雲を取り巻く同勢十五、六人集まっているようすで、何かこわだかに話し合って笑い興じている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
叔父と母とがそんなことを言っているのを私は襖越ふすまごしで従兄妹いとこたちと陽気な話をしていながら耳にした。私のことを話しているので——。
地球儀 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
襖越ふすまごしに神崎式部はこれを聞いていた。よっぽどこのまま捨て置いて発足しようかと思った。本当に、うっちゃって行ったほうがよかったのだ。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鏡にむかって、びんを掛きながら、思いだしていたのは、いつぞや、此処へ来て間もなく、やっぱりお湯から帰ってくると、主客の問答を、襖越ふすまごしにきいた。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
易断えきだんに重きを置かない余は、固よりこの道において和尚と無縁の姿であったから、ただ折々襖越ふすまごしに、和尚の
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
家康は花鳥かちょう襖越ふすまごしに正純の言葉を聞いたのち、もちろん二度と直之の首を実検しようとは言わなかった。
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
みんな遠慮をしろと云われ、家族も隣りの部屋へさがっていたが、正篤がしきりになにかかきくどき、ときには声を忍んで嗚咽おえつするさまが、襖越ふすまごしにいたましく聞えてきた。
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そう襖越ふすまごしにいいながらさっきの女中は顔も見せずにさっさと階下したに降りて行ってしまった。葉子は結局それを気安い事にして、その新聞を持ったまま、自分の部屋へやに帰った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
でも湯村は、「駄目だ/\、そんな不親切な兄妹きやうだいの世話になるより、金で傭つた他人の方が幾ら好いか知れない。」と云ひ/\書斎へ引込んだ。妹が襖越ふすまごしにしきりと謝るのに返事もない。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
その夜、彼は床へ横たわりながら、襖越ふすまごしに親友と次の会話を取り交した。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
お光はうなずいて、着物着更えに次の間へ入った。雇い婆は二階へ上るし、小僧は食台ちゃぶだいを持って洗槽元ながしもとへ洗い物に行くし、後には為さん一人残ったが、お光が帯を解く音がサヤサヤと襖越ふすまごしに聞える。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
立ってはこずに襖越ふすまごしの返事は、火鉢ひばちのわきにうつむいた声であった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
二人の話しぶりはきわめて卒直であるものの今宵こよい初めてこの宿舎やどで出合って、何かの口緒いとぐちから、二口三口襖越ふすまごしの話があって、あまりのさびしさに六番の客から押しかけて来て、名刺の交換が済むや
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ここまで、立ち姿、襖越ふすまごしで話しかけていたお絹が、ずかずかと入りこんで来て、神尾の火鉢の前へ坐り、無雑作に白い手をさしのべて神尾のこぶしにさわるほど、親密に意気ごんで話を持ち込みました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
茶室にはいまだ火影ほかげばかりか、人の話し声が聞えている、そこで襖越ふすまごしに、のぞいて見ると、この北条屋弥三右衛門は、甚内の命を助けた事のある、二十年以前の恩人だったと
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あなた、もう七時ですよ」と襖越ふすまごしに細君が声を掛けた。主人は眼がさめているのだか、寝ているのだか、向うむきになったぎり返事もしない。返事をしないのはこの男の癖である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
襖越ふすまごしに番頭、手代てだいたちが盗み聞きして、互いに顔を見合せて溜息ためいきをつき
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
やがて、入口の戸が静かに開き、足音が忍びやかに近づいてきた。茶の間の襖越ふすまごしに八重は、お母さんと小声で呼んだ。安心とも、腹立ちともいいきれぬ思いでいねの唇はふるえ、涙さえ流れてきた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
彼は襖越ふすまごしに細君の名を呼びながら、すぐ唐紙からかみを開けて茶の間の入口に立った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)