“葬(はう)” の例文
聞つけ尋(たづ)ね來り見れば娘の澤の井と嬰孩(みどりご)の死骸(しがい)に取付樣々の謔言(よまひごと)を言立(いひたて)狂氣(きやうき)の如き有樣なれば種々(いろ/\)賺(すか)し宥(なだ)め兩人(ふたり)の死骸(しがい)を光照寺(くわうせうじ)といふ一向宗(かうしう)の寺へ葬(はう)むりしがお三婆は狂氣(きやうき)なし種々(さま/″\)の事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
金(かね)を腹(はら)ん中(なか)い入(い)れちまつてモウ誰(たれ)にも取られる気遣(きづかひ)がないから安心して死んだのだが何(ど)うも強慾(がうよく)な奴(やつ)もあつたもんだな、是(これ)が所謂(いはゆる)有財餓鬼(うざいがき)てえんだらう、何(なに)しろ此儘(このまゝ)葬(はう)むつて了(しま)ふのは惜(をし)いや
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
秋の野へ、葬(はう)りの途(みち)に
如是 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
致し候に翌年(よくねん)三月安産(あんざん)せしが其夜の中に小兒(せうに)は相果(あひはて)娘も血氣(ちのけ)上りて是も其夜の曉(あかつき)に死去致し候に付き近邊(きんぺん)の者共寄集(よりあつま)り相談するも遠國者(ゑんごくもの)故菩提所(ぼだいしよ)も無(なく)依て私しの寺へ頼み葬(はう)むり遣し候其後お三婆は狂氣(きやうき)致し若君樣(わかぎみさま)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
葬(はう)ぶりし寺は當村なりやと尋(たづ)ぬるに向ふに見え候山の麓(ふもと)にて宗旨(しうし)は一向宗(かうしう)光照寺と申し候と聞(きい)て然らば其節(せつ)の住持(ぢうぢ)は未だ存命(ぞんめい)致し居やと有に參(さん)候其節の住持祐然(いうねん)と申すは未だ壯健(たつしや)に候と答へける吉田(よしだ)三五郎然(さら)ば光照寺住持(ぢうぢ)祐然を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)