聴手ききて)” の例文
旧字:聽手
そういう特種とくしゅの社会哲学を、たれが誰に語っているのかと思えば、聴手ききてにはうしろに耳のないわたしへで、語りかけるのは福沢氏だった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
うしろの空地では、書生節のヴァイオリンと、盲目乞食の浪花節とが、それぞれ黒山の聴手ききてに囲まれて、一種異様の二重奏をやっていた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それがただ自分のせがれを相手にするばかりでなく、時々はねえ市さんと、そんな事にまるで冷淡の僕まで聴手ききてにするのだから少し変であった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宇佐美金太郎の話は、いよいよ大掛りですが、調子は少し講釈師染みて、要領よく聴手ききての注意を掴んで行きます。
多くの奇怪談が全国共通のもので、しかもやや昔話の色彩を帯びているのも、これで説明はつくだろう。つまりは聴手ききてがほぼ昔話のすきな年頃の者だったからである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして一通りそれを読み聞かせるが、聴手ききてが物足りなささうに欠伸あくびでもするのを見ると、早速の気転で、急に延若の好きさうな長台辞ながせりふを、口から出任せに附け足して置く。
二人の聴手ききてがからからと仰山に笑うと、童伊はくそ真面目に抗弁しなければならなかった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
『どう? 君達、』と、聴手ききてからはっきりした意見を引出すことの好きなユースタスは尋ねた、『生れてから、この「何でも金になる話」よりもいい話を聞いたことがある?』
その聴手ききてだった僕は、爾来じらい大いに共鳴きょうめいし、この論説の普及ふきゅうにつとめているわけなんだが、全くその岡安巳太郎という男は、科学的殺人が便宜べんぎになった現代に相応ふさわしい一つの存在だった。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その様子を見る度に、以前の物語の聴手ききて達は、この莫迦面ばかづらなまけ者に、貴い自分達の冬籠りの食物を頒けてやったことを腹立たしく思出した。シャクにふくむ所のある長老達は北叟笑ほくそえんだ。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
もはやこの家には木之助の弾く胡弓の、最後の一人の聴手ききてがいないのである。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
荘重な言葉をやたらにいかめしい調子でしゃべるので、まったく聞き分けられなくなるほどだった。そして彼は、聴手ききてが胸を躍らせる時分に少しじらしてやることを、上手じょうずなやり方と信じていた。
人気俳優の家庭を知っていることに聴手ききてが興味をもつであろうと思って、そのくせ自分はキョトンとして居睡いねむりの出そうな長閑のどかな顔をしていた。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
中に積んであった一つの行李こうりの底から、ごく小さい、小指の先程の、茶色のびんを探して来て、聴手ききての方へ差出すのでした。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
聴手ききてには、自分より前に兄夫婦が横向になって、行儀よくならんですわっていたので、自分は鹿爪しかつめらしくあによめの次に席を取った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第一には努めて信じてくれそうな聴手ききてさがすとか、遠い大昔の世ならば、そういう不思議な事もあったかしれぬじゃないかとか、話者みずからは伝承に忠実である故に
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
むやみに角度の多い金米糖こんぺいとうのような調子を得意になって出します。そうして聴手ききての心を粗暴にして威張ります。僕は昨日きのう京都から大阪へ来ました。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)