素面しらふ)” の例文
殆んど素面しらふで、ともからこの狂態をヂツと見詰めて居る貫兵衞の冷たい顏には不氣味なうちにも、妙に自信らしいものがあつたのです。
マクシムの命を救ったのは彼の沈着で豪毅な気性と素面しらふであったことであった。この椿事のためにマクシムは七週間も患った。
ポルト葡萄酒の匂いをぷんぷんさせて、全くの素面しらふとは見えないカートン氏は、この時笑い声を立てて、ダーネーの方へ振り向いた。——
あんた方はわっしらがみんなほろ酔い加減だったと思ってるかも知れねえ。だが、わっしは確かに素面しらふでしたぜ。ただえらく疲れてただけでさ。
平常素面しらふの意識では出來ないことが、所謂酒の力を借りて出來るところに、飮んだくれ共のロマンチックな飛翔がある。
酒に就いて (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
「いいえとんでもない素面しらふですよ」こちらは証拠を見せるために顔を前方へつきだした、それから景気よく話を続けた
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『孤高な態度だけは失いたくありませんね。』『高邁の精神を喚起して死ぬ気でやりましょう。』先生にあっては素面しらふは即ちそのまま陶酔状態だ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
例えば、酔っ払って何か過失か罪を犯すと、素面しらふでやった時よりも重く罰せられる。少なくも皆の心証を悪くする。
知られざるアメリカ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
で、仲間の者たちが言ったように、酔っ払っている時にはマストの先の吹流しにできそうだったし、素面しらふの時には第二斜檣ジブ・ブームの代りになりそうだった。
酔っている時の桂子は、決してリリーなぞに負けるような弱気ではないが、素面しらふなので温和おとなしく、言われる通りに、リリーにチップを出してやったようだ。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
珍しく素面しらふで白梅の帰り、御徒町まで帰ってきていた今松は、俄に師匠にひと談判したくなってクルリと踵を返すと、興奮して入谷のほうへと歩き出した。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
が、いまは白昼、素面しらふで風呂をたいていたのが、かまの下から一本抜いて、燃えているやつをはさんで来る。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
直治は、ね、「僕は素面しらふで死ぬんです」と私、「僕は素面で死ぬよ……泣かせるない」と、修治さん。
といっても、もちろんそれは素面しらふで、ほかに別段なんの企みも抱いていない時に限るのである。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
中でも糧秣りょうまつ官吏は、よくも合点がゆかないくせに、誰よりも一番にわめき立て、ルージンにとってしごく面白からぬ処置を提言した。が、そこには素面しらふのものも交じっていた。
それに、素面しらふで会うのも、何となくいやな気がした。嘉三郎は町外まちはずれの居酒屋に這入はいった。
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
だが、芝居でも御覧なさい。花見の場で酔っ払っているような奴は、大抵お腰元なんぞに嫌われる敵役かたきやくで、白塗りの色男はみんな素面しらふですよ。あなたなんぞも二枚目だから、顔を
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日焦けのした顔の皮膚がいやに厚ぼったくて、酔ってるのか素面しらふなのか見当がつかなかった。昌作はぼんやりその顔を見つめた。と俄に、ぎいーとブレーキが利いて電車が止った。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
素面しらふで居る時は、からもう元気の無い人で、言葉もすくなく、病人のやうに見える。五十の上を一つか二つも越したらうか、年の割合にはふけたといふでも無く、まだ髪は黒かつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
この道のりが、別の事情もあって、素面しらふのときには、仲々つらいのでした。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
酔っぱらっているようでもあり、素面しらふのようでもある。顔色は青ざめ、眼はとろんとして、どこを見ているのかわからない。しまりのなくなった唇はたれ下がって、白っぽい舌がはみ出ている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
今度は麻酔をかけようかと云ったら、やはり承知しないのでまた素面しらふで手術を受けてとうとう完全な舌切婆さんになったということであった。その後がどうなったかは聞かなかったような気がする。
追憶の医師達 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
僕は、素面しらふで死ぬんです。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
素面しらふではたまらない。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
素面しらふだからな。」
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「まア、もう少し過してくれよ、お栄さん。今晩という今晩は命がけでききたいことがあるんだが、お前が素面しらふじゃきり出しにくい」
「だめだ」と男のように云った、「あたしも頂きます、とてもれくさくって素面しらふではいられないわ」
扇野 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この下男の方は酔っぱらっていましてね、尤も、いつだって素面しらふでいたことはありませんが。
一二日の間はほとんど素面しらふでいて自分の仕事を少くとも普通にやっていることもあった。
素面しらふで船にのれるだけ勇気のあるものは少いそうですから。気がもてんのじゃそうです。隆ちゃんなんかのこと考えるわ。あのひとは今どうでしょうね。もとは飲まず立って行ったけれど。
平常素面しらふで居る時には、謹嚴無比な徳望家である先生たちが、醉中では始末におへない好色家になり、卑猥な本能獸に變つたりする。前の人格者はヂキール博士で、後の人格者はハイドである。
酒に就いて (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
ほとんど素面しらふで、艫からこの狂態をジッと見詰めている貫兵衛の冷たい顔には不気味なうちにも、妙に自信らしいものがあったのです。
ところが今はそのペトローヴィッチもどうやら素面しらふらしい、したがって人間がかたくなで容易には打ちとけず、はたしてどんな法外な値段を吹っかけるか、知れたものではなかった。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
こんなだいそれた企みを抱えて素面しらふでいられるわけがない、そこで酔っては良心をくらましながら、なるべく景気のいいことばかり考えたり話したり、ひたすら、その日の来るのを待つ
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
樽はみんななくなっていたし、びんの方は実に驚くほど多数が飲み干したり投げ棄てたりしてあった。確かに、謀叛が始まって以来、彼等は一人でもかつて素面しらふでいられるはずがなかったのだ。
そういう素面しらふでいる人間の勇気というものを私は感服するの。
それからの騒ぎが、どんなに悪魔的なものであったか、たった一人素面しらふだった、若い芸者のお蔦だけがよく知っております。
「おらあ九つの年から飲み始めて、四十年ちかいあいだ酒の気の切れたことのねえ人間だ、素面しらふのときは知らねえが、酔ってるときに事のみさかいのつかねえようなためしはありゃあしねえ、嘘だと思うなら赤髯の先生に訊いてみろ」
それからの騷ぎが、どんなに惡魔的なものであつたか、たつた一人素面しらふだつた、若い藝者のお蔦だけがよく知つて居ります。
皆んな川に捨てたり、手拭てぬぐひにしめしたりしたさうで——これは最初から素面しらふだつたお蔦と卯八が見屆けてゐますが。もつとも三吉はたしかに呑んださうで
皆んな川に捨てたり、手拭にしめしたりしたそうで——これは最初から素面しらふだったお蔦と卯八が見届けていますが。もっとも三吉は確かに呑んだそうで
「父さんは、それを言ふのが、餘程辛かつたと見えて、私が家を出る前に、酒の用意をして、——素面しらふぢや言ひにくいから、今晩は少し過さしてくれ、——などと言つてゐました」
實は素面しらふも同樣で、裏の窓から拔け出して、新宿へ遊びに行つたといふのだらう——それはもう、良くわかつてゐるよ、お前に聽くまでもない、だが相手の女の名前がわからなくて
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)