石楠しゃくなげ)” の例文
風情ふぜいもない崖裾がけすその裏庭が、そこから見通され、石楠しゃくなげや松の盆栽を並べた植木だなが見え、茄子なす胡瓜きゅうりねぎのような野菜が作ってあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
木の葉の上に水のまかるる音を聞いて、マブーフ老人の心は狂喜の情でいっぱいになった。今は石楠しゃくなげも喜んでいるように彼に思えた。
椈の大木に交ってつが黒檜ねずこなどが岩崖に生えている。石楠しゃくなげが出て来た。附近には野生の杉もある。杉と石楠を一所に見たのは初めてだ。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
白川は気あたりがして、上着のポケットに手を入れてみると、指先にツルリとした石楠しゃくなげの葉がさわった。
雲の小径 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「きれいだろう。そら、黄色いやつもある。葉が石楠しゃくなげに似とるだろう。明朝あすなみさんにけてもらおうと思って、折って来たんだ。……どれ、すぐ湯に入って来ようか」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
樅林もみばやしがある、小松林こまつばやしの背の低いのやまばらなのがある、焼け残りの老木の幹がある、石楠しゃくなげがあるといったような、およそ愚にもつかぬ有象無象の描写にかからなければならないのだ。
御嶽おんたけの雪のはだ清らかに、石楠しゃくなげの花の顔気高けだかく生れついてもお辰を嫁にせんという者、七蔵と云う名をきいては山抜け雪流なだれより恐ろしくおぞ毛ふるって思いとまれば、二十はたちして痛ましや生娘きむすめ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
信濃しなのの山の上に咲く石楠しゃくなげの花の純粋にもたとえたいような、その美しい性質は、おのずから多くの人の敬慕するところとなり、世にもまれに見る家庭をつくり、夫房全ぼうぜん氏との間に四人の愛児をもうけ
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
尾根は石楠しゃくなげ其他の灌木に栂や唐檜とうひの若木が交って邪魔をする。時々振り返って後を見ると、南アルプスの雪が木の間に白くきらりと光る。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
書物を読みながら、また手の書物越しに、マブーフ老人は自分の植物をながめ、なかんずく彼の慰安の一つだったりっぱな一本の石楠しゃくなげに目を止めた。
白川は道のうえに枝をのばしている石楠しゃくなげの葉をむしりとって、手のなかで弄びながら、クヨクヨと考えつめていたが、荒神の滝をすぎて、截りたつような岩の上に奥ノ院の輪郭が見えだしてくると
雲の小径 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
笹が少なくなって石楠しゃくなげ御前橘ごぜんたちばな岩鏡いわかがみ苔桃こけももなどが下草に交って現れる。左に近く笈吊おいつる岩の絶壁を仰ぐようになると直ぐ峠の頂上である。十日程前には紅葉が盛りであったという。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そう言いながら彼は、身をかがめて石楠しゃくなげの枝を直し、なお続けて言った。
五月には未だ北裏に可なりの残雪があるので、石楠しゃくなげは葉を縮めて寒そうである。大蝦蟇が住んでいるので雨乞いすると屹度きっと降るといわれている池なども笹と共に雪に埋もれている。
三国山と苗場山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
又三十分も登ると古生層らしい岩崖が一丈二、三尺の瀑を懸けている。此瀑を通過してから左の尾根に取り付いて、石楠しゃくなげを押し分けながら三十分も登れば国境山脈の切明に出られる。
しかるにそこは既に風雪の激しい山頂若しくは夫に近い所であるから、ぶななら七竈ななかまどまでが令法りょうぶや万作などと同じように灌木状をなして曲りくねっている中へ、米躑躅こめつつじ石楠しゃくなげなどが割り込み
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
米栂こめつがなどの針葉樹が混って来ると、岩ウチワの薄桃色の上品な花が見られるようになる。曙躑躅あけぼのつつじ石楠しゃくなげ色鮮いろあざやかな紅花があやに咲き乱れているのもこのあたりである。谷の空では時鳥ほととぎすが頻りに鳴く。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
米栂こめつが、黒檜、白檜などが多少の偃松も交って、石楠しゃくなげ岳樺だけかんばなどの闊葉樹と共に、矮い灌木状をなして巨岩の上に密生しているさまは、磊砢らいらたる嶄巌ざんがんを錯峙させている南側よりも寧ろ私は好きである。
思い出す儘に (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ただ岩崖に咲く日蔭躑躅ひかげつつじの上品な黄花がほのかに明るい色を浮べ、小岩桜こいわざくらの紅花が時に眼を楽しませる外に、盛り上るように花をつけた石楠しゃくなげや躑躅の大群落が思わず足をとめて眼を見張らせるであろう。
秩父の渓谷美 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
此山から雲取山までは二時間あれば楽々と行かれる。此処ここを下って西南の小峰を指して登ると、山相が一変して岩が多く、従って尾根が狭く急となり、石楠しゃくなげ馬酔木あせびの曲りくねった枝が行手を遮ぎる。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)