くす)” の例文
箱の前には小さな塗膳があって其上に茶椀小皿などが三ツ四ツ伏せて有る其横にくすぼった凉炉しちりんが有って凸凹でこぼこした湯鑵やかんがかけてある。
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
其麽そんな時は、恰度ちやうど、空を行く雲が、明るい頭腦あたまの中へサッと暗い影を落した樣で、目の前の人の顏も、原稿紙も、何となしにくすんで、曇つて見える。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
とこれから足を洗って上へ通ると、四尺に三尺の囲炉裏に真黒な自在を掛け、くすぶった薬鑵やかんがつるしてあります。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
斯うして汝等と同じ安泊やすどまりくすぶりおるが、伊勢武熊は牛飼君の股肱ここうぢやぞ。牛飼君が内閣を組織した暁は伊勢武熊も一足飛に青雲に攀ぢて駟馬しばむちうつ事が出来る身ぢや。
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
英国の名高い俳優なにがしがある時、倫敦ロンドンくすぼつた市街まちをぶら/\歩いてゐると、大きな紙包を抱へ込んで、ある雑貨屋から飛び出して来た男が、ふと俳優の顔を見るなり
武市が桃井春蔵もものいしゅんぞうの道場にくすぶっていたころのことだの、桂が斎藤塾さいとうじゅくの塾長をしていた貧乏時代のことだのを、お菊ちゃんは知ってるだけ、棚下ろしをして、溜飲りゅういんを下げた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内陣には御主おんあるじ耶蘇ヤソ基督キリスト画像ぐわざうの前に、蝋燭らふそくの火がくすぶりながらともつてゐる。うるがんはその前に悪魔をひき据ゑて、何故なぜそれが姫君の輿の上に乗つてゐたか、厳しく仔細しさいを問ひただした。
悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「そうだ、年はりたくないね、わかいうちに早く死ぬる方が、人にも惜まれて好いな、今日の追悼会の人達も生きておる時は、つまらん奴が多かったが、死んでしまや、国士だ、落伍者になって、くすぶって死ぬるのはいけないね」
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
其麽時は、恰度、空を行く雲が、明るい頭脳あたまの中へサツと暗い影を落した様で、目の前の人の顔も、原稿紙も、何となしにくすんで、曇つて見える。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
狩野風かのうふうくすんだ衝立ついたての絵の蔭に、磯貝十郎左衛門がひとり、じっと、坐っているだけだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五十を五つ六つ越えたらしい小さな老母がくすぶった被中炉あんかに火を入れながらつぶやいた。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
柱も廊下も、寺のように大まかな建築だが、まだ縁の下には枯れないよしが埋まっているのである。なんのくすみもなければゆかしさもない。家具もふすまも、すべてが目に痛いほど新しかった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
金屏きんびょう銀燭のまえに、桃山刺繍ぬいのうちかけを着、玉虫色のくちびるを嫣然えんぜんと誇示している時の吉野太夫よりも、このくすんだ百姓家の壁と炉のそばで、あっさりと浅黄木綿を着ている彼女のほうが
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
低い達磨だるま部屋の戸の隙から、くすんだ灯の色が洩れている所へ寄ると
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)