泰然たいぜん)” の例文
大将の敵を前にした泰然たいぜんたる入浴ぶりに、全軍の士気大いにあがり、それがひいては勝敗を決定して、徳川の礎を据えたと言われている。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さりとてこの二人は、非常の大変に驚愕狼狽きょうがくろうばいの余り、泰然たいぜんとして腰を抜かしてしまったのでないことは、先刻からの対話でもわかります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ところが、敵は、火のごとく出て、風のごとく去り、去るや林のごとく、また小牧へ退いては、泰然たいぜんと、前にもまさる山岳の重きを見せてうごかない。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし葉之助は益〻泰然たいぜんと構え、姿勢に揺るぎもなく、三の矢四の矢五の矢まで、呼吸いきも吐けない素早さで弦音高く射放したが、旗はついに出なかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人生の、最も大事な日といっていいかも知れない。けれども大隅君は、どういうものか泰然たいぜんたるものであった。
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私は泰然たいぜんとして「その行路の事は大王殿下に申上げた後でなければ口外することは出来ませぬ。」「何故に。」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
泰然たいぜんとしてその机を階下に投じ、た自個の所有にかかる書籍、調具を顧りみず、藩主恩賜おんしの『孫子そんし』さえも焼燼しょうじんに帰せしめ、一意いちい以て寓家ぐうか什器じゅうきを救わんとせり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
清水さんが最早もう来ていた。安楽椅子に腰を下して泰然たいぜんとしている。けれども彼れは泰然の出来そこないだ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
煙草たばこすつたり、自分じぶんり折りはなしかけてもだ『ハア』『そう』とこたへらるゝだけで、沈々ちん/\默々もく/\空々くう/\漠々ばく/\、三日でもうしてちますよといはぬばかり、悠然いうぜん泰然たいぜん茫然ばうぜん
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
泰然たいぜんとしてその境に安んずることを得るがためならずんばあらざるなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
顎十郎は、泰然たいぜんとして懐手。長い顎をしゃくるようにしながら
顎十郎捕物帳:10 野伏大名 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「どうも御邪魔をします」と挨拶あいさつをする。泰然たいぜんたるものだ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
といったときに、哲学者は泰然たいぜんとして
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「待っていましょう。」熊本君は、泰然たいぜんとしていた。「ここは、女の子がいないから、気がとても楽です。」
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
という顔して、珍味ちんみ佳酒かしゅのまえに、泰然たいぜんとしているのは辛いだろう。武士は食わねどというが——また、これもきょうの和睦わぼくの交渉に強味をもつひとつの兵法とはいいながら。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「飲んでもいい」と圭さんは泰然たいぜんたる返事をした。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とお父さんは泰然たいぜんたるものだ。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
かの大先生は泰然たいぜんたるもので、瀕死ひんしの父の枕元で、これは前世の何かのごうです、医はく病をいやすも、命を癒すあたわず、と古人の言にもあります、しかし、手段はまだ一つ残っています
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
躊躇ちゅうちょせず、ドアをあけると、部屋には朝日が一ぱいに射し込んでいて、先生は、上肢骨じょうしこつやら下肢骨やら頭蓋骨ずがいこつやら、すこぶる不気味な人骨の標本どもに取巻かれ、泰然たいぜんと新聞を読んで居られた。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
床柱を背負って泰然たいぜんとおさまり、机の上には原稿用紙をひろげ、もの憂げに煙草のけむりの行末を眺め、長髪を掻き上げて、軽くせきばらいするところなど、すでに一個の文人墨客の風情がある。
令嬢アユ (新字新仮名) / 太宰治(著)
鶴は、大闇師のように、泰然たいぜんとそう答えて、笑った。
犯人 (新字新仮名) / 太宰治(著)