気怯きおく)” の例文
旧字:氣怯
翌朝よくあさは女が膳を運んで来たが、いざとなると何となく気怯きおくれがして、今はいそがしそうだから、昼の手隙てすきの時にしよう、という気になる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「ばかな!」と、彼は、自分のそうした観念を、時によって生じた理由のない気怯きおくれと自嘲して、ずかずかと、這い出した。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月魄つきしろ」といふ関西の酒造家の出してゐるカフヱの入口へ来た時、晴代は今更らさうした慣れない職業戦線に立つことに、ちよつと気怯きおくれがした。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
が、何分にも此方こっちは長い刃物を振翳ふりかざしていたので、対手あいて流石さすが気怯きおくれがしたと見えて、抱えていた赤児を其処そこほうして、直驀地まっしぐらに逃げてしまった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
内証ないしょうのお蔦の事、露顕にでも及んだかと、まさかとは思うが気怯きおくれがして、奥方にもちょいと挨拶をしたばかり。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにか、もっと気のきいたことをいいたいのだが、のっけからひどく圧倒されてしまったので、気怯きおくれがして、思うようなうまい言葉が舌について来ない。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
美和子ぐらいの年頃の、まだ場所馴れしない娘であったなら、こうも男達の視線を、ジカに自分の上に集められたら、気怯きおくれしてはにかんでしまうに違いない。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼は満身の勇気を奮いおこして、柄にもないこの気怯きおくれに打克うちかとうとした。そして結局夜遊びから自宅うちへ帰って来た男のような、気安い歩調でつかつかと隣室へ入って行った。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ナオミもさすがに気怯きおくれがしたのか、私の耳へ口をつけて、小さな声でそう云うのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
其のような事で気怯きおくれがするような事ではいかん、ズッ/\と突切って行くようでなければいかん、それを恐れるような事ではなりませんぞ、火にって焼けず水に入っておぼれず
と、気怯きおくれしたが、侍女は、その手前の、右手の小さい部屋へ入って、襖を開けて
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
竹刀をつけてみて三宅三郎が舌を巻いて感心したのは、あえて気怯きおくれがしたわけでもなんでもない、事実、南竜軒なるものの構え方は、舌を巻いて感心するよりほかはないのであった。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いさゝかの気怯きおくれも宿さず、狡猾も宿さず、色情も宿してをらぬ。ひとたび心をきめた時には、最大の苦痛にも立ち向ふ精神力が溢れてゐた。珍らしいほど澄みきつた目だと僕は思つた。
孤独閑談 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
此人は度々家へ来るから乃公はく知っている。恐ろしく声の太い人だ。事務所に入った時には何だか、胸がドキドキした。大方おおかた気怯きおくれがしたのであろう。しかし道順だから是非寄らねばならぬ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
相手は二人で、しかもそれが虚無僧である以上、相当に武芸の心得があるかも知れないと思うと、元八は俄に気怯きおくれがして、彼らに敵対する気力もなかった。
『ああ、わしのような気怯きおくれ者は、何をしたって、生きて行く力が足りない。体は弱いし、絵は上手うまくならないし……。悩むために生きているようなものだ』
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の気怯きおくれを弁護でもするように、ぶつぶついって、つま立ちをしてその棚を離れた。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
昼の内は宰八なり、誰か、時々お伺いはいたしますが、この頃は気怯きおくれがして、それさえ不沙汰ぶさたがちじゃに因って、私によくお見舞い申してくれ、と云う、くれぐれもそのことづけでございました。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「左様、つい気怯きおくれ申して見物が多いと固く取っていけませぬ」
相馬の仇討 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
それでも決してあがったり気怯きおくれがしたりするのではなかった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
気怯きおくれがしたが、それがすでに自分の敗けであったのだ——と、こういったような記述をしているのである。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしはかっとなってすぐに飛び込もうかと存じましたが、なにぶんにも相手は二人でございますから、何だか気怯きおくれがして、しばらく様子を窺って居りますと
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それが眼をいからせて立ちはだかっているので、男も気怯きおくれがしたらしい。一旦引っ込んで何か相談している様子であったが、やがて渋々に雨戸をあけると、そこは広い土間になっていた。
夢のお七 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
気怯きおくれたか周瑜、こころよく出て、一戦を交えよ」と、呼ばわった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿論こっちで見覚えのない男であるが、或いは向うではこっちの顔を見知っていて、なにか話し掛けようとしながらも、つい気怯きおくれがしてそのままに云いそびれてしまったのではあるまいか。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
十手を持った二人が眼のまえに立ち塞がっているのに気怯きおくれがしたのか、もうがれる道はないと諦めたのか、さすがの幸之助も俄かにおとなしくなって、持っている血刀をからりと投げ捨てて
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
折角ここまで踏み出して来ながら、まだ碌々の探索もしないで引っ返しては気怯きおくれがしたようにでも思われるかも知れない。長三郎は意気地なしであると、黒沼の小父さんに笑われるのも残念である。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やはり気怯きおくれがしてとうとう云いそびれてしまった。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)