梔子くちなし)” の例文
庭の隅に取り忘れられた石榴ざくろの実や藪の中なる烏瓜からすうり、または植込のかげの梔子くちなしの実に、冬の夕陽の反映を賞するのも十二月である。
写況雑記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
次兄にその名称を訊くと、梔子くちなしだといつた。さういへば子供の頃から見なれた花だが、ひつそりとした姿が今はたまらなく懐しかつた。……
壊滅の序曲 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
やしきの植込を徜徉ふらついてゐる時、青白い梔子くちなしの花蔭に、女郎蜘蛛が居睡りをしてゐるのを見つけでもすると、真つ青になつて、抜脚ぬきあしして逃げ出したものだ。
とっくの昔に高圧八百五十ヴォルトの電流を通されて、黒焦げになった屍体は梔子くちなしの花散るウベニア丘の墓地に、妻と並んで墓標の下に眠っていることであろう。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
地図はいいかげん古ぼけ、隅が枯れた梔子くちなしの花びらのような色になり捲くれている。私は、ふと指さきで地図を撫でた。はじめて疑惑に似たようなものを胸にうかべていた。
演技の果て (新字新仮名) / 山川方夫(著)
花壇の周りを一と廻りして、池のみぎわのライラックや小手毬こでまりの枝をしらべてみたりしてから、そこへけて来た鈴を抱き上げて、円く刈り込んである梔子くちなしの樹のところにしゃがんだ。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
薄い梔子くちなし色の麻のタイユウルの胸の襞のようなものは、よく見ると、大胆な葡萄の模様を浮彫のように裏から打ちだしたもので、葡萄の実とも見えるガーネットの首飾と照応して
黄泉から (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
楓、桜、梅、檜葉、梔子くちなし無花果いちぢく、沈丁花、椿など、雑多な樹木で、熊笹の数株まで添えてありました。清水恒吉は全く快心の笑みを浮べ、真作と二人で、それを庭のあちこちに植えました。
……私はそれから裏口の梔子くちなしの蔭にむしろを敷きまして、煙管きせるくわえながら先刻さいぜん蒸籠せいろつくろい残りをつづくっておりましたが、そこから梔子の枝越しに、離家の座敷の内部ようす真正面まむきに見えますので
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
夏の日はなつかしきかなこころよく梔子くちなしの花の汗もちてちる
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
梔子くちなしの花でないのは、一目見てもはじめから分ってます。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ながながし梔子くちなしの光さす入日たゆたふ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
小糠こぬかのような雨が生暖かいむんむんするような春の気を部屋一杯に垂れ込めて、甘酸っぱい梔子くちなしの匂いが雨に打たれて、むせぶように家の中じゅうに拡がっていた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
毛虫芋虫は嫩葉どんようを食むのみに非ず秋風を待って再び繁殖しいよいよ肥大となる。梔子くちなし木犀もくせい枳殻たちからの葉を食うものは毛なくして角あり。その状悪鬼の金甲を戴けるが如し。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは梅雨頃から咲きはじめて、一つが朽ちかかる頃には一つが咲き、今も六べんの、ひっそりした姿をたたえているのだった。次兄にその名称をくと、梔子くちなしだといった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
わずかに咲き残った梔子くちなしの花が一つ二つにおっているばかり。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
国つぶり節句せくちまき梔子くちなしの実に染めてから葦の葉に巻く
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ながながし梔子くちなしの光さす入日たゆたふ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
ひとつは、める梔子くちなし
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
わたしはしばしば家を移したが、その度ごとに梔子くちなし一株を携え運んで庭に植える。ただに花を賞するがためばかりではない。その実を採って、わたしは草稿の罫紙けいしる顔料となすからである。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして亭主と三人梔子くちなしの花なぞの咲いた静かな庭を眺めながら
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
いと甘き梔子くちなしえあかるにほひのなかに
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
ひとつは、濕める梔子くちなし
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)