染込しみこ)” の例文
人生のすいな味や意気な味がお糸さんの声に乗って、私の耳から心に染込しみこんで、生命の髄に触れて、全存在をゆるがされるような気がする。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「あゝ、私も雨には弱りました、じと/\其処等中そこらじゅう染込しみこんで、この気味の悪さと云つたらない、おばあさん。」
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
山陽さんよう項羽本紀こううほんぎを数百遍反覆して一章一句をことごとく暗記したというような教訓が根深く頭に染込しみこんでいて、この根深い因襲を根本から剿絶そうぜつする事が容易でなかった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
十九から中間ちゆうかんの六年間と云ふものを、不思議な世界の空気にひたつて、何か特殊ないまはしい痕迹こんせきが顔や挙動に染込しみこんででもゐるやうに、自分では気がさすのであつたが
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
世間話しもある程度以上に立ち入ると、浮世のにおいが毛孔けあなから染込しみこんで、あか身体からだが重くなる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甚「此の鎌で殺しゃアがった、ひどい雨で段々のりは無くなったが、見ねえ、が滅多におちねえ物とみえて染込しみこんで居らア、磨澄とぎすました鎌で殺しゃアがった、是でりゃアがった」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
つむかしの士族書生の気風として、利をむさぼるは君子の事にあらずなんと云うことがあたま染込しみこんで、商売ははずかしいような心持こころもちがして、れもおのずから身に着きまとうて居るでしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
何といっても隅田河原すみだがわらかすみめた春の夕暮というような日本民族独特の淡い哀愁を誘って日本の民衆のはらわた染込しみこませるものは常磐津か新内の外にはないと反対した。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
雨の滴々したたりしとしとと屋根を打って、森の暗さがひさしを通し、みどりが黒く染込しみこむ絵の、鬼女きじょが投げたるかずきにかけ、わずかに烏帽子えぼしかしらはらって、太刀たちに手をかけ、腹巻したるたいななめに
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)