はる)” の例文
はるかな昼の一点に傾けてゐるとしたならば、人はみな、荒涼たる風景を浪うち覆ふ、嘗て如何なる文化も手を触れなかつた寂寥の中に
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
音といふものは、それが遠くなりはるかになると共に、カスタネツトの音も車の轣轆れきろくも、人の話聲も、なにもかもが音色を同じくしてゆく。
闇への書 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
さうしていま自分の前に横たはつて居る歌の道はいよ/\寂しく、そしていよ/\はるかに續いてゐるのを感ずるのである。
樹木とその葉:17 歌と宗教 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
しつきりなしの人の乗降、よくも間違が起らぬものと不思議に堪へなかつた。電車に一町乗るよりは、山路を三里素足で歩いた方がはるしだ。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
源氏山の中腹を過ぎると、早川に沿うた連嶺が眼前に展開され、はるかに水の音がきこえる。細い白樺もチラホラ見える。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
鏡の向かうところ一道の白光びゃっこう闇を貫き、その白光のはる彼方かなた、八ヶ岳の山頂と覚しき辺りに、権六を抱えた五右衛門の姿、豆より小さく見えていたが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
別れた人なぞははるかにごま粒ほどの思い出となり果てた。せめて三十円の金があれば、私は長いものを書いてみたいのだ。天から降って来ないものかしら……。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
頭に残っている姉と姉の子供たちのことも、漠然ばくぜんとしてはるかで、ついには全く消えうせてしまった。
にわかに永劫の楽園を慕うて沈黙サイレンスの海に消え、紫色の……さながら夢のような……さながら消えた悲みのような、遠いまたはるかな島山蔭の波間に見える、永劫の夏の浄土に憧がれ
取りとめもないはるかな想い、窓の外を飛びゆく切れ切れの景色、規則的な車輪の響き、而も安らかな静寂……ぽつりぽつりと、降るとも見えぬ雨脚が、窓硝子に長く跡を引いていた。
丘の上 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
店頭のにぎはしさなども一向心を引くことがなく、その騒々しい往来の物音も、どこか遠いはるかな夢の世界のものの様に聞え、いくら眼を見開いても、何も見えず、心がとろ/\とろけて
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
忍びやかにはるかの谷底——黒部の大谷をさしてぞろぞろと下りて行く気配がある。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
師のねがふ事いとやすし。待たせ給へとて、はるかのそこくと見しに、しばしして、かむり装束さうぞくしたる人の、さき大魚まなまたがりて、許多あまた四四鼇魚うろくづひきゐて浮かび来たり、我にむかひていふ。
魂が身体からだを抜けると云ってはすでに語弊がある。霊がこまかい神経の末端にまで行きわたって、泥でできた肉体の内部を、軽く清くすると共に、官能の実覚からはるかに遠からしめた状態であった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今まで広い空間に孤独を歎き、一人を歎き、自然の無関心をなげいた自己は、はるかに遠い過去に没し去つた。今はその如来の像はかれに向つて話し懸けた。又かれに向つて微妙みめう不可思議の心理を示した。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ゆめはるかなる鴨の水
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ゆめはるかぶとほし
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
精進しょうじを過ぎ本栖もとす発足って駿甲の境なる割石峠の辺から白峰が見える。霞たつ暖い日で、山は空と溶け合うて、ややともすればその輪廓を見失うほど、はるかに、そしてかすかなものであった。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
其他、甲州地、秩父地、上州地、信州地は無論のこと、はるかに越後境だらうと眺めらるゝもろ/\の峰から峰へ、寒い、かすかな光を投げて、云ふ様なき荘厳味を醸し出して呉れたのである。
木枯紀行 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
撃柝の音は坂や邸の多い堯の家のあたりを、微妙に変わってゆく反響の工合で、それが通ってゆく先ざきを髣髴ほうふつさせた。肺のきしむ音だと思っていたはるかな犬の遠え。——堯には夜番が見える。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
事実の彼方というはるけさが、彼の心に甘えていた。
同胞 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
はるかな荒野の風の夢
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
だんだん姿があらわれて来るにしたがって、影の自分は彼自身の人格を持ちはじめ、それにつれてこちらの自分はだんだん気持がはるかになって、ある瞬間から月へ向かって、スースーッと昇って行く。
Kの昇天:或はKの溺死 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
全く夢のようにはるかなものでした。