掛蒲団かけぶとん)” の例文
旧字:掛蒲團
それではまた炬燵でもこしらえたらどうだ、自分も当るからと云って、とうとうやぐら掛蒲団かけぶとんきよに云いつけて、座敷へ運ばした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「私は今、何事なんにも思いません」と正太は両手を白い掛蒲団かけぶとんの上へ力なげに載せて、大きく成った眼で三吉の方を見た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小綺麗こぎれいなメリンスの掛蒲団かけぶとんをかけて置炬燵おきごたつにあたりながら気慰みに絽刺ろさしをしていたところと見えて、右手にそれを持っている。私は窓の横からのぞきながら
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
皆起出して、掛蒲団かけぶとんを探す。何時頃だったろう。——外は昼のように明るかった。月は正にヴァエア山巓さんてんに在った。丁度真西だ。鳥共も奇妙に静まり返っている。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ついでながら、この道場では、夜の睡眠の時以外は、ベッドに掛蒲団かけぶとんを用いる事を絶対に許さない。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
白いカバアの掛った掛蒲団かけぶとんの上に、小豆色あずきいろの派手な鹿子絞かのこしぼりの羽織がふわりと脱捨ててあるのが、雪の上の落葉のようにあざやかに眼にうつるが、まくらに顔を沈めている妻は
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
女はそれと同時に羽二重はぶたえの白い裏の掛蒲団かけぶとんねて外に出ながら、華美はで長襦袢ながじゅばんの前をつくろいつくろい章一の枕頭まくらもとに坐った。章一は女が坐ってしまうとふすまの外へ声をかけた。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いえ宜しゅうございます、なに宜しい事はない、掛蒲団かけぶとんだけ持って行ってください、拙者は敷蒲団をかけて寝るから、いゝえ何う致しまして、それならば旦那さま恐入りますが
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
また、冬の日のわびしさに、紅椿べにつばきの花を炬燵こたつへ乗せて、籠を開けると、花をかぶって、密を吸いつつくちばし真黄色まっきいろにして、掛蒲団かけぶとんの上を押廻おしまわった。三味線さみせんを弾いて聞かせると、きそって軒で高囀たかさえずりする。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蒲団ふとんは一枚しか無かった。それで私は彼女が掛蒲団かけぶとんだけを私へ寄こすというのを無理に断って、丹前だけで横になった。電燈を消してから、女は室の隅の方へ行って、そこで寝巻に着換るらしかった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
しかし掛蒲団かけぶとん跳返はねかえされたようにすその方に重なり合っているのです。そうしてK自身は向うむきにしているのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
発見! 惣助は寝たままぴしゃっと膝頭ひざがしらを打とうとしたが、重い掛蒲団かけぶとんに邪魔され、へそのあたりを打って痛い思いをした。惣助は考える。庄屋のせがれは庄屋の親だわ。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
(数枝) あら、どうして? (火鉢に炭をついだり、鉄瓶に水をさしたり、あさの掛蒲団かけぶとんを直してやったり、いろいろしながら気軽い口調で話相手になってやっている)
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたくしは退屈な父の相手としてよく将碁盤しょうぎばんに向かった。二人とも無精な性質たちなので、炬燵こたつにあたったまま、盤をやぐらの上へせて、こまを動かすたびに、わざわざ手を掛蒲団かけぶとんの下から出すような事をした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「時々くるしくなるようです。」看護婦は小声でそう説明して、掛蒲団かけぶとんの下に手をいれて母のからだを懸命にさすった。私は枕もとにしゃがんで、どこが苦しいの? と尋ねた。
故郷 (新字新仮名) / 太宰治(著)
掛蒲団かけぶとんを裏返しにして掛けて寝ると恋しい女の面影おもかげを夢に見ると言伝えられているようですから、こんなさびしい夜にこそ、と思うのですが、さて、私にはこれぞときまった恋人も無く
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)