わづら)” の例文
「本人は歸りたいに決つてゐます。あんな蛸入道たこにふだうおこりわづらつたやうな、五十男の手掛になつて、日蔭者で一生を送りたい筈はありません」
大抵安雑誌の口絵で見覚えてゐるので、誰も彼も天然痘をわづらつたやうな顔をしてゐるが、実際髯の無い事だけは確かであつた。
(歐洲人は思郷病は山國の民多くこれをわづらふとなせり。)されど又ヱネチアのわが故郷ならぬを奈何いかにせむ。われは悵然ちやうぜんとして此寺の屋上やねより降りぬ。
この土地とちわづらひをしたのは、其方そち見立みたきがないと、江戸表えどおもてとほらないことは、かねがねいてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
これでは、東京で、自動車にねとばされるのと、何も変りはない。長くわづらつて亡くなつたのなら、まだ、受難的な夢を、死者に考へる事も出来たのだが……。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
誰もみな、ぐづ/\わづらつて、天壽を全うすることなく死ぬやうな運命に、定められてゐるとは、限らない。
かう尋ねたのは、僕のところでは家内が長い間わづらつたあげくに、月足らずで産をしたからであつた。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
宮川君は何か失敗してしばらく音信もしない。一番気の毒なのは種田君で長いことわづらつた。そして脊髄の疾患で立ち居が不自由になつた。小半里の路さへ歩くにも容易でない。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
僕は上に書いた通り、すこぶ雑駁ざつぱくな作家である。が、雑駁な作家であることは必しも僕のわづらひではない。いや、何びとの患ひでもない。古来の大作家と称するものはことごとく雑駁な作家である。
兵隊辰とは——歩きつつ、彼(女)が語つたところによると、以前は軍人で、日清日露も両方とも出征して勲章を貰つたが、心臓をわづらひ、子供身寄もなくて、ここまで零落したのである。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
二三年も前から眼病をわづらつてゐた新家の御新造の妹なさうで、盛岡でも可也かなりな金物屋だつたが、どうした破目かで破産して、夫といふ人が首を縊つて死んで了つた爲め、新家の家の家政を手傳ひ旁々
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
恐くは外に三分さんぶわづらひて、内にかへつて七分しちぶを憂ふるにあらざらんや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わづらつてからは、もう三年になります。
クロニック・モノロゲ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
力も金も智慧もない私は、命がけの戀患ひでもして、お艶さんに可哀想だと思はせる外はがなかつたのでございます。私はわづらひました。
皆は熱病をわづらつた様な眼つきをして、稽古場を捜し廻つた。すると、年の若い道具方の一人が、小道具のなかでくだんの真珠を発見めつけた。女優はにこ/\ものでそれを受取つて身につけた。
「それはもう、三年越しわづらつて居る私を、こんなにお世話して下さいます。なんの不自由も御座いません。勿體もつたいないほどで」
「まだありますよ。此春は主人の金兵衞が傷寒しやうかんわづらつて、危ないと言はれましたが、喜三郎はその枕元に付きつきりで、六十日の間帶も解かなかつたさうですよ」
肝腎かんじんの兄が奉公してゐる越中屋といふのは、もとは日本橋で相當の店を開いてゐたが、主人の金六が中風をわづらつて沒落し、今では新鳥越に引つ越して、呉服屋とは名ばかり
銭形平次捕物控:239 群盗 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
長い間わづらつた揚句、親父の私をたつた一人この世に殘して去年の暮に亡くなつてしまひました
考へて見て下さいよ。池田屋の若旦那は、戀わづらひをやり、その從妹いとこのお才は、まゝ事遊びの夫婦約束を忘れ兼ねて殺され、掛り人のお谷は、若旦那と書いたのを落して、大耻を
お才と同じ年の二十三、蒼白くて若々しくて、心身共に脆弱ぜいじやくな感じですが、こんな弱さうな男は、一心不亂に思ひ詰めると、戀のやまひと言つた、古風なわづらひをするのかも知れません。
「その聲ぢやありませんよ。戀わづらひの戀で、小唄の文句にもあるぢやありませんか」
癆症いたみしやうだか戀わづらひだか知らないが、青くてヒヨロヒヨロしてゐるくせに、どう渡りをつけたか、江島屋の下女のお六を手に入れ、毎日一本づつ、一年も續けて戀文を取次がせるんださうですよ。
苦にしてわづらひついたところを、布團まで剥がれた上借りてゐた家を追ひ出されて、去年の春桐畑の野天で死に、父親の濱田屋利助は、それを怨んでこの屋敷の中に忍び込み、藏の前の柿の木に首を
「面白がつて笑つて居たさうですよ、薄情な野郎で。尤も、それから直ぐ飛島山あすかやまの花見で、戀わづらひでせう。戀患ひでもしようと言ふふてえ野郎は、他の女の子のことなんか、思ひやりがないわけで」
其處に親類の娘といふお町が、長い癆咳らうがいわづらつて寢て居るのでした。
中江川平太夫は白虎びやくこの平太と異名を取つた大盜賊で、三十臺に傷寒しやうかんわづらつて頭の毛は眞つ白になりましたが、年はまだ四十そこ/\、ヨボヨボどころか恐ろしい體術の達人で、猿のやうにはりを渡り
屋敷へ歸ると、お定まりの戀の病、彌八郎、枕もあがらない騷ぎだ。こいつは醫者にも藥にも及ばず、中間半次の話でわづらひの種はわかつたが、三千石の大身では、まさか背負ひ小間物屋の市之助の娘を
「あの、父は、永い間わづらつて居りますが——」
兄弟と言つても義理のある中で、——以前は良い支配人でしたが、父がわづらひついて、身動きも出來なくなると、自分の懷ろばかり肥したやうで、——惡い叔父さんでしたよ、亡くなつた後で調べて見たらびつくりするほど金を
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
耳垂みゝだれわづらつては居なかつたのかな」