巧拙こうせつ)” の例文
この問答の巧拙こうせつにより、もしかしたなら、何がう成るか、判らぬと考えていただけに、伊賀亮との一問一答には、汗を出したのであった。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
三味線しゃみせんを習うにも五六年はかかる。巧拙こうせつを聴き分くるさえ一カ月の修業では出来ぬ。趣味の修養が三味しゃみ稽古けいこよりやすいと思うのは間違っている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かごに入れて飼い始めてから、人はようやくその巧拙こうせつを聴分け、価の差等を設けようとするが、もし差等があるならば疑いもなく持って生れたものであった。
花の宴にこのことのあるのを珍しい光栄だと人々は見ていた。高級の官人もしまいには皆舞ったが、暗くなってからは芸の巧拙こうせつがよくわからなくなった。
源氏物語:08 花宴 (新字新仮名) / 紫式部(著)
西洋風のはおもに色の配合を主としてあって美しい花の色で人の眼をよろこばしめる。日本風の活花は形を主としてあって形の巧拙こうせつで人の心に趣味を感ぜしめる。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
たとえば上等士族は習字にも唐様からようを学び、下等士族は御家流おいえりゅうを書き、世上一般の気風にてこれを評すれば、字の巧拙こうせつを問わずして御家流をば俗様ぞくようとしていやしみ
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
『畔柳さん、トリックの巧拙こうせつということは、必ずしもその犯罪の難易に正比例するもんじゃない、ということがはじめてわかったですよ——、ことに実際の事件では』
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
こう云う難所は四肢ししを使って進むので、足の強弱の問題でなく、全身の運動の巧拙こうせつに関する。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただ君が容易に依頼者を満足するの弊として往々粗末なる杜撰ずさんなる陳腐なる拙劣せつれつなる無趣味なる画を成す事あり。しかれども依頼者は多く君の雷名らいめいを聞いて来る者画の巧拙こうせつはこれを鑑別するの識なし。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
巧拙こうせつは論外として、病院にいる余が窓から寺を望む訳もなし、また室内にことを置く必要もないから、この詩は全くの実況に反しているにはちがいないが
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
或は白木しらき指物細工さしものざいくうるしぬりてその品位を増す者あり、或は障子しょうじ等をつくって本職の大工だいく巧拙こうせつを争う者あり、しかのみならず、近年にいたりては手業てわざの外に商売を兼ね
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この坑夫だって、ほかの坑夫だって、人相にこそ少しの変化はあれ、やっぱり一つ穴でこつこつ鉱塊あらがねを欠いている分の事だろう。そう芸に巧拙こうせつのあるはずはない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
剣術の巧拙こうせつを争わん、上士の内に剣客はなはだ多くしてごうも下士のあなどりを取らず。漢学の深浅しんせんを論ぜん、下士の勤学きんがくあさくして、もとより上士の文雅に及ぶべからず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
画のうちでは彩色さいしきを使った南画なんがが一番面白かった。惜しい事に余の家の蔵幅ぞうふくにはその南画が少なかった。子供の事だから画の巧拙こうせつなどは無論分ろうはずはなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)