そこ)” の例文
「近代的」親切であらうが、これによつて祭典の荘厳と気品はひどくそこなはれたことはたしかだ。まことの信仰の為しうるところではない。
君臣相念 (新字旧仮名) / 亀井勝一郎(著)
土地生産物の価格騰貴が本来ならば齎らすべき農業に対する好結果をそこねてしまうことを、注意しなければならぬからである。
曹操の乗っていた馬が、どうしたのか、ふと、野鳩の羽音におどろいて、急にはねあがり、麦畑へ狂いこんで、麦をそこねた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊に最後の問いに対しては気分をそこねたらしく、そんなはしたないことが! とばかりに、ろくろく返事もしなかった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
清逸のことだから元来羸弱るいじゃくな健康をそこねても何んとかするであろうが、それまでの苦心を息子一人にさせておくのは親の本能が許さなかったろう。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
管弦楽を指揮したサージェントが、甚だ不満足であるとしても、はなはだしくシュナーベルの黄金盤をそこねるとは言われない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
その問題に間接に不正直に手をつけて、諸君はそれを長くそこなった。諸君は芝居をした。芝居は失敗に終わった。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
終いには人畜をそこねなければ溜飲が下らなくなってしまうという始末の悪い迷信的潔癖性に富んでいた。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
だからあなたは間牒かんてふや密告者の眞似をしたのでせう。そして永久に私の未來をそこねてしまつたのでせう。
然れば則ち二人の者の罪、上は天子の明勅に違い、下は幕府の大義をそこない、内は列侯士民の望にそむき、外は虎狼ころう渓壑けいがくの欲をかしむ。極天窮地、俯仰ふぎょう容るるなし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
弥次やじに完全に封じ込まれて、何度も壇上に立往生した末、七年間の恥と苦痛に健康をそこねている。卒倒してしまった。才腕ある士だったが、まもなく政界を退いている。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
方々流浪るろうした果てに、やっとここに落ち着くことになったお神の芳村民子の山勘なやり口が、何か本家との間に事件を起こし、機嫌きげんそこねたところから、看板を取りあげられ
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかるに、のっけから人魂と流星の事で早くも神月の感情をそこねたのはどういう訳だい。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よほどの事が、あったにちがいございませぬ。昨年の春、健康いよいよそこねて、今は、明確に退社して居ります。百日くらいまえに私はかれの自宅の病室を見舞ったのでございます。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
故意わざと今日は権高に振る舞い、焦心じらして焦心して訊いたところ、わたしの機嫌をそこねまいとしてか、ほんの最近いましがた酔った口から、うかうかみんな喋舌しゃべってしもうた……右衛門さんとは、以前まえからの約束
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
腹をそこねて臥っている牧師を案じて、お松は気忙きぜわしかった。近道をして家の前へ出てみると消燈して、窓は黒く寂しい。お松はドアを押した。みんな寝てしまったのかと思った。会堂で物音がした。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
「旦那は奥様にゃ頭が上んなさらねいから、お邸ん中のこたあ何にも御存知ねいが、ちょっとでも奥様の御機嫌をそこねりゃ、今日きょうびたちまちこれでさあ!」
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
演奏旅行は九回にわたり、姉弟きょうだいの人気はいやが上にも高まるばかりであったが、この旅行のためにモーツァルトの健康は一生涯そこなわれたことも事実である。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
一つの性質を改善しようとしてもう一つの美をそこねてしまうかもしれない。その大きさを増そうとして肥料を余計使えばおそらくがくが破れて直ちに均斉が失われてしまうであろう。
「ただ、おん身こそ、気候風土の変る越路へ下られて、身をそこねぬように」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父親の持病は綺麗きれいさっぱりとは行かず、二日仕事場にすわると、三日も休むというふうで、小山で働いていた妹たちも健康をそこねて家で休んでおり、銀子のかせぎではやっぱり追いつかず、大川の水に
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
すべてをそこないしぼます死刑囚の息吹きのせいである。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
背が低くて青黒くて、不攝生な生活と酒毒にやられたブヨブヨした身體、昔はいくらか良かつたであらうと思はれる眼鼻立も、この不健康にそこねられて、まともに見る影もありません。
つらくても謹慎して、少しでも憲兵隊の心証をそこなってはいけないと、父が心配して……わたくしたち、ラジオも写真機も、持っておりませんでしょう? 憲兵がここまで家宅捜査に来て
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)