夾竹桃きょうちくとう)” の例文
夾竹桃きょうちくとうである。鶴見は明治二十五年の夏になって、はじめて夾竹桃を実見した。ところは沼津の志下しげで、そこに某侯爵の別荘があった。
凌霄花のうぜんかずらはますます赤く咲きみだれ、夾竹桃きょうちくとうつぼみは後から後からとほころびては散って行く。百日紅さるすべりは依然として盛りの最中である。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
玄関の夾竹桃きょうちくとうも僕が植えたのだ、庭の青桐あおぎりも僕が植えたのだ、と或る人にたのんで手放しで泣いてしまったのを忘れていない。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
夾竹桃きょうちくとうの花が咲いている。あの塀に添ってわたしは昔わたしの愛人と歩いていたのだ。では、あの学校の建ものはまだ残っていたのかしら。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
石油を買いに行く道の、白い夾竹桃きょうちくとうの咲く広場で、町の子供達とカチュウシャごっこや、炭坑ごっこをして遊んだりもした。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しかし日の光は消えたものの、窓掛けの向うに煙っている、まだ花盛りの夾竹桃きょうちくとうは、この涼しそうな部屋の空気に、快い明るさをただよわしていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その時、レビュー劇場の舞台では「巴里パリの花売娘」の一場面、夾竹桃きょうちくとうの花咲き乱れる花園に、花売娘の一隊が登場して、歌いつ舞いつしていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なし、桃は既に熟し林檎りんごの実もまさに熟しかけている野菜畠の間を歩いても、あか薔薇ばらや白い夾竹桃きょうちくとうの花のさかんに香気を放つ石垣の側を歩いても
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
庭はことごとく亜熱帯の密林で、椿、夾竹桃きょうちくとう、コルクがしわ、などにまじって、ミモサの花の香が、リヴィエラの春を憶わせた。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
窓のまえにはポプラーと夾竹桃きょうちくとうの若木があって幾羽かの鳩がよく餌をひろっていた。天神様からきたのだろう。
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
河畔のあしの中でしきりに葭切よしきりが鳴いている。草原には矮小わいしょう夾竹桃きょうちくとうがただ一輪真赤に咲いている。
ゴルフ随行記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
また私の家の広い芝生で一緒に鞦韆ぶらんこに乗ったり、夾竹桃きょうちくとうの花の咲いた下で、共に楽しく語り合ったり、外に兄妹のない私は、自分の妹のようにフロールと親しんでいた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
夾竹桃きょうちくとう枸櫞樹シトロン、たこの木、オレンジ。其等の樹々の円天井の下を暫く行くと、また水が無くなる。地下の熔岩ようがんの洞穴の廊下に潜り込むのだ。私は其の廊下の上を歩く。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
小学校の庭には、夾竹桃きょうちくとうが花ざかりだった。彼等は、すぐその木蔭こかげで、砲丸投げをやり出した。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
板塀の上に二三尺伸びている夾竹桃きょうちくとう木末うらには、くものいがかかっていて、それに夜露が真珠のように光っている。つばめが一羽どこからか飛んで来て、つと塀のうちに入った。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、やがて眼近い夾竹桃きょうちくとうは深い夜のなかで揺れはじめるのであった。たかしはただ凝視みいっている。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
北緯二十六度、V字型の谿たにには根樹ガツマルの気根、茄苳カターン、巨竹のあいだに夾竹桃きょうちくとうがのぞいている。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
立ち並ぶ夾竹桃きょうちくとうの造花の上に、逃げまどう花売娘たちの上に、舞台に押し上がった見物の仮面の上に、警官の帽子や肩章の上に、美しい五色の雪が降りしきった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
夾竹桃きょうちくとうが紅い花をむらがらせている家の前まで来た時、私の疲れ(というか、だるさというか)は堪えがたいものになって来た。私はその島民の家に休ませてもらおうと思った。
庭には石灰屑を敷かないので、綺麗きれいな砂が降るだけの雨を皆吸い込んで、濡れたとも見えずにいる。真中に大きな百日紅さるすべりの木がある。垣の方に寄って夾竹桃きょうちくとうが五六本立っている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
八月の中ごろ、私はお隣りの庭の、三本の夾竹桃きょうちくとうにふらふら心をひかれた。欲しいと思った。私は家人に言いつけて、どれでもいいから一本、ゆずって下さるよう、お隣りへたのみに行かせた。
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一瞬間の後陳彩は、安々やすやす塀を乗り越えると、庭の松の間をくぐりくぐり、首尾しゅびよく二階の真下にある、客間の窓際へ忍び寄った。そこには花も葉も露に濡れた、水々しい夾竹桃きょうちくとうの一むらが、………
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただそれだけが、奇妙に生きているよろこびとして感じられ、庭のすみ夾竹桃きょうちくとうの花が咲いたのを、めらめら火が燃えているようにしか感じられなかったほど、私の頭もほとほと痛み疲れていた。
黄金風景 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼らははるかの地底から聞こえてくる、蘭子のゾッとするような悲鳴を耳にした。夾竹桃きょうちくとうの咲き乱れた舞台面は、映写機の廻転かいてんが停止したように、しばらくのあいだ、ヒッソリと静まり返ってしまった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
竹藪たけやぶの中で、赤く咲いているのは夾竹桃きょうちくとうらしい。眠くなって来た。
令嬢アユ (新字新仮名) / 太宰治(著)
夾竹桃きょうちくとうがたくさんあるじゃないの」
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)