執心しゅうしん)” の例文
たいていの学者は、それをなにかの悪戯いたずらのように考えたらしいですが、私は、それに執心しゅうしん五年、やっと読み解くことができたのです。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「あの阿呆あほうをね。たれがまあ手をつけたんだか——もっとも、阿濃あこぎは次郎さんに、執心しゅうしんだったが、まさかあの人でもなかろうよ。」
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「その娘を清水の旦那が引取ると、浪人者の大井半之助さんが付いて来て、近所に家を借りて見張っているんです。大変な執心しゅうしんですよ」
「ほほう、しからばお手前は、木曽家の重役甚五衛門殿のご子息殿でござったか。してまた何故忍術家をそれほどご執心しゅうしんなさるるな?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もし左大臣が執心しゅうしんとあるならば、どうなと好きなようにされるもよかろう、———と、彼はそれぐらいに思ったでもあろうし、それに又
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「そうだ、家来を付けて、三河一色村へ送り返してやれ。じつの所、女苦労など、うるさくなった。藤夜叉にもはや執心しゅうしんはない」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お艶、……貴様に、本所の鈴川が執心しゅうしんのことは、拙者も以前から承知しておったが、拙者の妻たる貴様が、かれごときに幾分なりとも心を
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かの藍玉屋の金蔵の如きは、執心しゅうしんの第一で、何かの時にうれいを帯びたお豊の姿を一目見て、それ以来、無性むしょうのぼりつめてしまったものです。
少しも粗末にせず湛念たんねんに拾い合せて、今まで心づかずにいたことを問題にして行くだけの執心しゅうしんが必要であり、それには日本の民俗学徒の年来の実習が
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その恐ろしく執心しゅうしんな懇願的な調子を見ると、私はどうしても訪ねて来ずには居られなかった。彼の神経が焦ら立って居る事は、書信の面に一目瞭然と露れて居た。
そのうち元老連は追い追い浮世の花を見捨て斯界ようやく寂寞、三十年から三十五、六年を全盛期として以後は天明ぶりの妙味も世に合わず、執心しゅうしんの輩も減る一方。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
わたくしも笑いましたが、何だかその恰好に律義な執心しゅうしんのようなものが見えて愛感が持てました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と照常様もご執心しゅうしんだった。その外いろいろとご註文が出たが、お母様のご返事は
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
友「宜しゅうございます、そう云う腹の腐った女でございますなら思いきりますから、女房にょうぼにでも情婦いろにでも貴方あなたの御勝手になさい、左程さほど執心しゅうしんのあるお村なら長熨斗ながのしをつけて上げましょう」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「おまえも藻にはきつい執心しゅうしんじゃが、末は女夫めおとになる約束でもしたのかの」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
見とおす——と、言いたいが、実はな、この老人も、中村座の初日が、気になって、のぞきにまいった——すると、あの一行の幕張りがあって、大分、そなたに執心しゅうしんしているように見えたゆえ——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
……剣術が先か魚釣りが先か、おれにはどちらともわからねえが、おそらくたいへんな修業をしたものだ。……鱚を釣って人の喉を鎌形にえぐる練磨をつむなどというのは、だいぶ格はずれな執心しゅうしんだの。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「そうしてみると、先生なかなかご執心しゅうしんなんだねえ」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
たゞもう一途いちずな、執心しゅうしんの強い生真面目きまじめな表情で、じっと此方の眼の中を視すえているので、滋幹は又気味悪くなって来て
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「なるほど、あいつが深い執心しゅうしんだけあって、お千絵様はまるで初心うぶだ。これじゃ、にのせても一向だま甲斐がいがねえな」
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「尺八が執心しゅうしんなそうで、及ばずながら御相談相手になりましょう。——前々からだいぶおやりでしょうな」
銭形平次捕物控:124 唖娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「ふうむ」と老人は眼を閉じて常陸の言葉を聞いていたが、「それほどまでのご執心しゅうしん老人過分に存じ申す——こなた石川五右衛門殿の、お心持ちはいかがかな?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いっそくだけて町人にでもなろうか……などという考えを、よしぼんやりにしろ起こすところを見れば、栄三郎かえってお艶に執心しゅうしんの強いものがあるのではなかろうか。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ことに茂太郎を執心しゅうしんで、お角もそれがためには思案に乱れているとのことでしたが、本人の茂太郎は、いっこう平気で、自分の周囲に群がる肉の香の高い女たちには眼もくれず
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
勿論これが身の運のわかみちであった故に、教えるにも覚えるにも全力を傾けつくし、その執心しゅうしんは或いは世の常の学問授受を超越したであろうが、あわれや陸上の人々は、おおむねこれをかえりみなかった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「そんなにまで、兵学に執心しゅうしんして、おぬし、その兵学を役立たせる日があるとでも信じているのか」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自害してまでも見たいというそちの執心しゅうしんには我が折れた。滅多めったに出されぬ器じゃが、今日は宝蔵から取り出そうぞ。これこれ左近吾宝蔵へ参っての髑髏盃を取り出して参れ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
執心しゅうしんに洗いつつあった米友の手をはなれて、しかもこれが尋常に取外したとか、取落したとかいうほどのものでなく、さいが月をもてあそんで水が天上に走るような勢いで、宙に向って飛んだのだから
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
神田の次平、五郎八と名乗って、忍術執心しゅうしんのことを申入れると
「いつでも御案内して参ろう。柳生城の当主宗厳むねとしどのにも、兵法の道には執心しゅうしんと、ゆうべも何かの折、おうわさしたところ、一度は御見ぎょけんに入りたいものと、伊勢どのにも云われてござった」
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「大変な執心しゅうしんでございますなあ」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あの執心しゅうしんぶりでは是が非でも、朱実になんとか得心させなければ納まるまいが、本人よりは母親であるおまえの考えのほうが肝腎かんじん、金のところはどのくらいだと、真面目になってかけ合うのだった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)