因循いんじゅん)” の例文
佐幕、勤王、因循いんじゅん三派のどれにでも共鳴しながら同じ宿に泊る。馳走をするような調子で酒肴さけさかなを取寄せる上に油断すると女まで呼ぶ。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今度の事件からます/\因循いんじゅんに、臆病になって、何と云われても人前などへ出る料簡にはなれないらしく、いてすゝめると
諸友の因循いんじゅんなるをとがめ、曰く、「彼らあるいはまた背き去るといえども、けだし村塾爐を囲み、徹宵の談を忘れざるべし」と。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
(勝豊は因循いんじゅんで、はきはきせぬやつじゃ。子のような気心がせぬ。それにひきかえ勝敏は、邪気もなく、飽くまでわしを父としてようつきおる)
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
実際、串戯じょうだんではない。そのくらいなんですもの。仏教はこれから法燈ほうとうの輝く時です。それだのに、何故なぜか、貴下あんたがたが因循いんじゅんして引込思案ひっこみじあんでいらっしゃる。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二十八日、少許すこしの金と福島までの馬車券とを得ければ、因循いんじゅん日を費さんよりは苦しくとも出発せんと馬車にて仙台を立ち、日なお暮れざるに福島に着きぬ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そうしてそのつど道の開ける思いを、雲霧の晴れる思いを経験しました。私達は自分達の臆病な心をかばってはなりませんね。人に対して因循いんじゅんであってはいけませんね。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
それでもその日私の気力は、因循いんじゅんらしく見える先生の態度に逆襲を試みるほどに生々いきいきしていた。私は青く蘇生よみがえろうとする大きな自然の中に、先生を誘い出そうとした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
両親の喜び一方ひとかたならず、東京にて日を暮し得るとは何たる果報かほうの身の上ぞや、これも全く英子ひでこが朝鮮事件にあずかりたる余光なりとて、進まぬ兄上を因循いんじゅんなりと叱りつつ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
彼はこの卑怯ひきょう因循いんじゅんな態度でいに人々から狙われるに至ったのかと私は気づいたが、不断のようにあえて代弁の役を買って出ようとはしなかった。そして私はわざとはっきりと
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
いずれも腐儒ふじゅ因循いんじゅんをわらい、鎖港論さこうろんを空吹く風と聞き流し、率先そっせんして西洋事情の紹介や、医書、究理書の翻刻に力を入れ、長崎や横浜に仕入れの出店を持って手びろく舶載物はくさいものを輸入する
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「それははじめてうかがいます。かえって師匠などからは、いかに女形だというて、平常はもっと、てきぱきしなければならぬ。そなたは兎角とかく因循いんじゅんすぎるなどとさえもうされておりますのに——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
もしもこの際に流行の洋学者か、または有力なる勤王家が、藩政を攪擾かくじょうすることあらば、とても今日の旧中津藩は見るべからざるなり。今そのしからざるは、これを偶然の幸福、因循いんじゅんたまものというべし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
如何に彼が大奥の援引えんいんによりてその位を固うしたるにせよ、如何に彼が苟安こうあん偸取とうしゅしたるのそしりは免るべからざるにせよ、如何に因循いんじゅん姑息こそくの風を馴致じゅんちし、また馴致じゅんちせられ
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
僕は思った事をすぐ口へ出したり、またはそのまま所作しょさにあらわしたりする勇気のない、きわめて因循いんじゅんな男なんだから。その点で卑怯だと云うなら云われても仕方がないが……
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
藩の方でも因循いんじゅんであったのか、いて呼返すとうこともせずに、その罪は中津なかつに居る父兄の身に降りきたって、その方共の子弟がめいそむいて帰藩せぬのは平生へいぜいの教訓よろしからざるに云々うんぬんの文句で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
もしあるいは因循いんじゅん姑息こそく迂僻うへき固陋ころう放誕ほうたん謬戻びゅうれいの意見を以て、あるいは幕府のためにし、あるいは朝廷のためにし、もしくは風潮を視、夕に変じ、朝に換わるが如き雷同附和者流に至っては
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
こう続けざまに芝居を見るのは私の生涯しょうがいにおいて未曾有みぞうの珍象ですが、私が、私に固有な因循いんじゅん極まる在来の軌道をぐれ出して、ちょっとでも陽気な御交際おつきあいをするのは全くあなたのせいですよ。
虚子君へ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)