四馬路スマロ)” の例文
と、おたがひ微醺びくんびてへんはづつた氣分きぶん黄包車ワンポイソオり、ふたゝ四馬路スマロ大通おほどほりたのはもうよるの一ぎだつた。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
十時に物産会社から特に出してれるランチに乗る迄には四時間以上もあるので、四馬路スマロの方へ掛けて雑沓ざつたふの中をぶらぶらと彷徨うろつき廻つたが容易に時間は経たない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
帰りに四馬路スマロという道を歩く。油絵の額を店に並べて、美しく化粧をした童女の並んでいる家がところどころにある。みんな娼楼しょうろうだという。芸妓げいぎ輿こしに乗って美しい扇を開いて胸にかざしたのが通る。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
予は明治の末年に、上海四馬路スマロの杏花楼で中食を人から饗せられた記憶を喚び起したが、大連第一位の此楼の室内配置は可なり杏花楼と異つてゐるやうに感ぜられた。
四馬路スマロ菜館さいくわん廣東料理くわんとんれうり舌皷したつゞみち、外國人ぐわいこくじんのバアでリキユウルをすすり、日本料理屋にほんれうりや藝者達げいしやたち長崎辯ながさきべんき、さらにフランス租界そかい秘密ひみつ阿片窟あへんくつ阿片あへんまでつてみた。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
勿論僕もその一人だ。南京路ナンキンロ四馬路スマロなどの繁華雑沓ざつたふは銀座日本橋の大通おほどほりを眺めて居た心持こゝろもち大分だいぶんに違ふ。コンクリイトで堅めた大通おほどほりやはらかに走る馬車の乗心地が第一にい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ふまでもない、四馬路スマロ東京とうきやう銀座ぎんざだ。が、君子國くんしこく日本にほんのやうに四かくめん取締とりしまりなどもとよりあらうはずもなく、それは字義通じぎどほりの不夜城ふやじやうだ。人間にんげんうごく。燈灯ともしび映發えいはつする。自動車じどうしやく。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
馬車を四馬路スマロに返して杏花楼きやうくわらう上海シヤンハイ一の支那料理の饗応を受けたが、五十ぴんからの珍味は余りにおほきに過ぎて太半たいはん以上のどを通らず、健啖家けんたんか某某ぼうぼう二君も避易へきえきの様子であつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)