半被はっぴ)” の例文
御車は無紋の黒塗、海老染えびぞめ模様の厚毛布あつげっとを掛けて、蹴込けこみにはの毛皮を敷き、五人の車夫は大縫紋の半被はっぴを着まして、前後にしたがいました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
農夫とは思われぬ伊達だてあごや口元が、若若しい精気に満ち、およそ田畑とは縁遠い、ぬらりとした気詰りで、半被はっぴを肩に朝湯にでも行きそうだ。
看護員は犇々ひしひしとその身をようせる浅黄あさぎ半被はっぴ股引ももひきの、雨風に色褪いろあせたる、たとへば囚徒の幽霊の如き、数個すかの物体をみまはして、ひいでたるまゆひそめつ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ガランと広い出口のところに宿屋の半被はっぴを着た男が二人、面白くもない顔つきでタバコをふかしながら、貧乏ゆすりしているばかりで、人影もろくにない。
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
紺の脛巾はばきに紺の股引き、紺の腹掛けに紺の半被はっぴ、紺の手甲てっこうに紺の手拭い、一切合切紺ずくめ、腰に竹細工の魚籃びくを下げ、手に手鉤を持っている。草鞋わらじの紐さえ紺である。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それらの塵芥の山の一つに立っている三人の半被はっぴ姿の男が、ほれ見い、糞男くそおとこが行くぞ、生意気な奴だ、この頃、俺たちの仕事の邪魔をしようとして居やがる、とかなんとか
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
という処へ、萌黄もえぎ裏の紺看板に二の字を抜いた、切立きったて半被はっぴ、そればかりは威勢がいが、かれこれ七十にもなろうという、十筋右衛門とすじうえもん向顱巻むこうはちまき
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
というのは、この訓導はもともと禰宜の出身だからであった。子供にはそろいの半被はっぴを着せよ、囃子はやし仲間は町を練り歩け、村芝居むらしばい結構、随分おもしろくやれやれと言い出したのも啓助だ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
看護員はひしひしとその身を擁せる浅黄の半被はっぴ股引ももひきの、雨風に色せたる、たとえば囚徒の幽霊のごとき、数個すかの物体をみまわして、秀でたる眉をひそめつ。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あのいたいけな馬籠の子供たちがそろいの黒い半被はっぴに、白くあらわした大きな定紋じょうもんを背中に着け、黄色な火の用心の巾着きんちゃくを腰にぶらさげながら町を練り歩くなぞは、近年にはないことだと言われた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
目鼻立めはなだちの愛くるしい、罪の無い丸顔、五分刈ごぶがり向顱巻むこうはちまき三尺帯さんじゃくおびを前で結んで、なんの字をおお染抜そめぬいた半被はっぴを着て居る、これは此処ここ大家たいけ仕着しきせで、挽いてる樟もその持分もちぶん
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あい、」といいすてに、急足いそぎあしで、与吉は見るうち間近まぢかな渋色の橋の上を、黒い半被はっぴで渡った。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その下蔭したかげ矢張やっぱりこんなに暗かったか、蒼空あおぞらに日の照る時も、とう思って、根際ねぎわに居た黒い半被はっぴた、可愛かわいい顔の、小さなありのようなものが、偉大なる材木を仰いだ時は
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)