“再(ふたゝび)” の例文
再(ふたゝび)荊棘(けいきよく)の条(えだ)を取(とり)香花(かうくわ)神前(しんぜん)に挿(さしはさみ)供(くうず)。次に集(あつま)る各童(わらべども)手に木刀を執(とり)途(みち)に隊閙(たいだうし)、凡(すべて)有婚(こんれいして)无子(こなき)の婦(をんな)木刀を将(もつ)て遍身(へんしん)打之(これをうち)口に荷花蘭蜜(こばらみ)と舎(とな)ふ。
千登世(ちとせ)ははら/\し、彼の體躯(からだ)につかまつて「およしなさい。そんな無理なことなすつちや取返しがつかなくなりますよ」と言つて、圭一郎を再(ふたゝび)寢かせようとした。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
然し再(ふたゝび)顔(かほ)を上(あ)げた時は、平生の通り静かな悪(わる)びれない態度を回復してゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
再(ふたゝび)荊棘(けいきよく)の条(えだ)を取(とり)香花(かうくわ)神前(しんぜん)に挿(さしはさみ)供(くうず)。次に集(あつま)る各童(わらべども)手に木刀を執(とり)途(みち)に隊閙(たいだうし)、凡(すべて)有婚(こんれいして)无子(こなき)の婦(をんな)木刀を将(もつ)て遍身(へんしん)打之(これをうち)口に荷花蘭蜜(こばらみ)と舎(とな)ふ。
生(い)きるとは、再(ふたたび)の我(われ)に帰(かへ)るの意にして、再(ふたゝび)の我(われ)に帰るとは、願(ねがひ)にもあらず、望(のぞみ)にもあらず、気高(けだか)き信者の見たる明白(あからさま)なる事実(じじつ)なれば、聖徒イノセントの墓地に横(よこた)はるは猶(なお)埃及(エジプト)の砂中(さちう)に埋まるが如し。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
○再(ふたゝび)按(あんずる)に、小野の小町は羽州(うしう)の郡司(ぐんじ)小野の良実(よしざね)の女(むすめ)なり、楊貴妃(やうきひ)は蜀州(しよくしう)の司戸(しこ)元玉が女(むすめ)なり、和漢倶(とも)に北国の田舎娘世に美人の名をつたふ。
○再(ふたゝび)按(あんずる)に、小野の小町は羽州(うしう)の郡司(ぐんじ)小野の良実(よしざね)の女(むすめ)なり、楊貴妃(やうきひ)は蜀州(しよくしう)の司戸(しこ)元玉が女(むすめ)なり、和漢倶(とも)に北国の田舎娘世に美人の名をつたふ。
○再(ふたゝび)按(あんず)るに、孔子の聖(せい)なるもその灵(れい)は生(いけ)る時よりも照然(せうぜん)として、その墓(はか)十里荊棘(けいきよく)を生ぜず、鳥も巣(す)をむすばず。関羽(くわんう)の賢(けん)なるも死(し)しては神となりて祈(いのる)に応(おう)ず。
○再(ふたゝび)按(あんず)るに、孔子の聖(せい)なるもその灵(れい)は生(いけ)る時よりも照然(せうぜん)として、その墓(はか)十里荊棘(けいきよく)を生ぜず、鳥も巣(す)をむすばず。関羽(くわんう)の賢(けん)なるも死(し)しては神となりて祈(いのる)に応(おう)ず。