假面めん)” の例文
新字:仮面
ヂュリ よるといふ假面めんけてゐればこそ、でなくばはづかしさにこのほゝ眞赤まっかにならう、今宵こよひうたことをついおまへかれたゆゑ。
われは、けふさる戲言ざれごといふことかはといましめつゝも、心の中にその笑顏の涙を掩ふ假面めんなるをおもひて、ひそかに友の情誼に感じぬ。
汝たとひ百の假面めんにて汝の顏を覆ふとも、汝の思ひのいと微小さゝやかなるものをすら、我にかくすことあたはじ 一二七—一二九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
野郎コンコ奴の假面めん欲しがツてだから、これやりせえすりや、よさあいゝが、そこらでまた二百がとこも買ツてくべえ
月見の夕 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その頭部に見える物凄い面相かほは、柱頭のつもりで、柱身の上に載せられた、彫刻の假面めんのやうであつた。
(かへでは細工場へ走り入りて、木彫の假面めんを入れたる箱を持ち出づ。桂はうけ取りて頼家の前にさゝぐ。頼家は無言にて桂の顏をうちまもり、心少しく解けたる體なり。)
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
醜男面ひょっとこづら假面めん無用むようぢゃ!(と假面を抛出なげだしながら)れが皿眼さらまなこで、このともないつらやがらうとまゝぢゃ! 出額でこすけあかうなるばかりぢゃわい。
かくてあたかも假面めんかうむれる人々が、己を隱しゝかりの姿を棄つるとき、前と異なりて見ゆる如く 九一—九三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
われは讀み畢りて、ポツジヨが滑稽の天性にして、世の人のそを假面めん看做みなすことのあやまれるを信ぜんとせり。
伊豆いづ修禪寺しゆぜんじ頼家よりいへおもてといふあり。作人さくにんも知れず。由來もしれず。木彫の假面めんにて、年を經たるまゝ面目分明ならねど、所謂いはゆる古色蒼然たるもの、きたつて一種の詩趣をおぼゆ。
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
……(同族の一老人に對ひて)いや、叔父御をぢご、ままこしおろしめされ、貴下こなたわし最早もう舞踏時代ダンスじだいすごしてしまうた。おたがひに假面めんけて以來このかた、もう何年なんねんにならうかの?