位地いち)” の例文
御者台ぎょしゃだいを背中に背負しょってる手代は、位地いちの関係から少しも風を受けないので、このぐさは何となく小賢こざかしく津田の耳に響いた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なにしろヒンクマン氏に長生きをされると、わたしの位地いちももう支え切れなくなりますから、現在大いに願っているのは、どこへか移転することです。
彼から聴いた顛末てんまつを通告しようかと思ったが、彼になんらの相談もしないで仲介の位地いちに立つことは、なんだか彼を裏切るような感じが強かったので、私は最後に決心して
しかし彼が現在の位地いちとして、さすがに一人の侍女こしもとの訴えを楯にして表向きに頼長を取りひしぐわけにもいかないのを知っているので、彼はあふるるばかりの無念をこらえて
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
己が自分の境遇をのろったりするのは、まゝ過ぎる話なのだ………けれどもる一人の人間の境遇が、幸福になり不幸になるのは、主としての人の客観的の位地いちって決するのではなく
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
我々の方が強ければあっちこっちの真似まねをさせて主客の位地いちえるのは容易の事である。がそう行かないからこっちで先方の真似をする。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでもえられなかったので、安静に身をよこたうべき医師からの注意にそむいて、仰向あおむけ位地いちから右を下に寝返ろうと試みた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は面倒になって昨夕ゆうべはそのままにしておいた金の工面くめんをどうかしなければならない位地いちにあった。彼はすぐまた吉川の細君の事を思い出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
愛の戦争という眼で眺めた彼らの夫婦生活において、いつでも敗者の位地いちに立った彼には、彼でまた相当の慢心があった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
母は長い間わが子のを助けて育てるようにした結果として、今では何事によらずそのの前にひざまずく運命を甘んじなければならない位地いちにあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんなところになると、下宿人の私は主人あるじのようなもので、肝心かんじんのお嬢さんがかえって食客いそうろう位地いちにいたと同じ事です。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それも今になって記憶の台にせてながめると、ほとんど冒険とも探検とも名づけようのない児戯じぎであった。彼はそれがために位地いちにありつく事はできた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余は遠くからこの三つの建築の位地いちと関係と恰好かっこうとを眺めて、その釣合のうまく取れているのに感心した。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
抜ける事のできないような位地いちと事情のもと束縛そくばくされていたので、ついそれなりになってしまった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
よしんば自分でいくら身を落すつもりでかかっても、まさか親の敵討かたきうちじゃなしね、そう真剣に自分の位地いちてて漂浪ひょうろうするほどの物数奇ものずきも今の世にはありませんからね。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は大阪の岡田から受取った手紙の中に、相応な位地いちがあちらにあるから来ないかという勧誘があったので、ことによったら今の事務所を飛び出そうかと考えていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
したがって評家としての余の位地いちを高めんがためにこの篇を草したのではない。時間の許す限り世の評家と共に過去を研究して、出来得る限りこの根拠地こんきょちを作りたいと思う。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども自分の位地いちや、身体からだや、才能や——すべておのれというもののおり所を忘れがちな人間の一人いちにんとして、私は死なないのが当り前だと思いながら暮らしている場合が多い。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昨日きのうの朝食事をした時、飯櫃めしびつを置いた位地いちの都合から、私が兄さんの茶碗を受けとって、一膳目いちぜんめの御飯をよそってやりますと、兄さんはまたお貞さんの名を私の耳に訴えました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いくら学校を卒業したって食うに困るようじゃ何の権利かこれあらんやだ。それじゃ位地いちはどうでもいいから思う存分勝手な真似まねをして構わないかというと、やっぱり構うからね。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)