世嗣よつぎ)” の例文
木曾地方の人民が待ち受けている尾州藩の当主は名を茂徳もちのりという。六十一万九千五百石を領するこの大名は御隠居(慶勝よしかつ)の世嗣よつぎにあたる。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「筑前は、何で大坂に、あのような途方もない大城を築くのか。己れが住むつもりか、或いは、天下の世嗣よつぎを迎えるつもりか」
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
侍たちが光友の世嗣よつぎ綱誠に向って、慰みのためにこの水あびせを御覧になるように申し上げたが、世嗣はこれをことわって
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「私たち二人に、世嗣よつぎの子供が生まれました。名前は日子番能邇邇芸命ひこほのににぎのみこととつけました。中つ国へくだしますには、この子がいちばんよいかと存じます」
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
あおざめた、カリギュラ王は、その臣下の手に依ってしいせられるところとなり、彼には世嗣よつぎは無く全く孤独の身の上だったし、この後、誰が位にのぼるのか
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
目「黙れ、新参の松蔭大藏と其の方兄五郎治兄弟の者は心を合せて、菊之助様をお世嗣よつぎにせんがめに御舎弟様を毒殺いたそうという計策たくみの段々は此の方心得てるぞ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼女は松岡旧伯爵の世嗣よつぎ一雄夫人で、類稀れな美貌の持主として有名であった。
恐怖の幻兵団員 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
『わが子は尊敬するだろう』と言って、最後にこれを遣わしたのに、かの農夫どもは互いに言った、『これは世嗣よつぎである、いざこれを殺そう、しからばその財産は我らのものとなるだろう』
その時は、お前達、己の世嗣よつぎを選んでくれい。
(斉彬公のお世嗣よつぎが、絶える)
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「修理どの(勝家)には、御二男の信雄様を措いても、信孝様を、次のお世嗣よつぎに立てんの下心したごころと思わるる。はて、一波瀾ひとはらんはまぬがれまいぞ」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世嗣よつぎの生みの母を手討にしてしまった人がある、生みの母というのは殿様のお手かけであった、腹のいやしい母を生かしておいては、他日国家のうれいがそこから起り易いとあって
「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣よつぎを。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を。」
走れメロス (新字新仮名) / 太宰治(著)
世嗣よつぎの君に譲りしに
(父子、世嗣よつぎの問題にまで、才気をさし挟むはいかに才ありとも、奸佞かんねいの臣たるをまぬかれぬ。いつかは、ちゅうすべきぞ)
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そちの仕えまいらす当主の世子せいし吉孚よしのぶを、病弱にて、世嗣よつぎはなり難しなどと、吉保をもって柳営にいわしめ、他より養子を迎えておのれの功となし
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あなたがお丈夫なうちに、どうか世嗣よつぎを定めてください。それを先に遊ばしておけば、河北の諸州も一体となって、きっとご方針が進めよくなりましょう」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……打割ったお胸のなかを、敢て、臆測しますならば、あなた様が、将軍家のお世嗣よつぎとして立てたいお方は——甲府どのでも、紀伊どのでもございますまい」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いいますまい。——が一言、おいさめしておきたいのは、大事をお急ぎあってはいけません。まず紀伊どのを、お世嗣よつぎに立てられ、その次代の将軍家に、吉里君よしさとぎみ
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手に弓懸ゆがけを着け、木綿の粗服に馬乗袴うまのりばかまという姿で、一見、旗本の息子ぐらいにしか見えませんが、これは万太郎とは莫逆ばくぎゃくの友だち、紀州和歌山城の宰相頼職朝臣さいしょうよりもとあそん世嗣よつぎ、すなわち
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かりに五十日や百日おやすみでも、決して時務に遅滞ちたいはいたしませぬ、諸大名も案じています、どうぞ充分御静養を取られますようにと、さすがもう世嗣よつぎ嫡男ちゃくなんらしく自負して言った。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの野心鬱勃うつぼつたるおやじの中将綱誠つなのぶが、のいい主張ぐらいでめていればいいが、魔がさして、一ツ尾張からお世嗣よつぎをなどと大それた気を起したひには大変だ。それこそ他人事ひとごとではない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このうちで、曹操が、(わが世嗣よつぎは、彼に)と、ひそかに思っていたのは三番目の曹植だった。曹植は子建しけんあざなし、幼少から詩文の才にけ、頭脳はあきらかで、また甚だ上品な風姿をもっている。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家継公いえつぐこう様は、まだたったおやっツ、無論、お世嗣よつぎはねえわけだ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(御遺族のうち、どなた様をもって、お世嗣よつぎとお定めするか)
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「やがて、あなたの、お世嗣よつぎですのよ」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)