上気のぼ)” の例文
旧字:上氣
五十円などとはあまりの踏みつけ様だ、いくら自分が目利きでないからって、これ位の事は分ると栄蔵は上気のぼせた顔をして反対した。
栄蔵の死 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
さらに下のほうでは、ぱらったキャベツが、驢馬ろばの耳を打ち振り、上気のぼせたねぎが、互いに鉢合せをして、種でふくらんだ丸い実を砕く。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
そして辻はやうやく上気のぼせがさがりかけてゐた顔を再びさつと赧くすると、突然口を噤んで上体を真直ぐにしたまま一方をじつと見つめ
道化芝居 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
みっちゃんはほんのりと上気のぼせて、露にぬれた美玉のように匂う顔をふり仰ぎ乍ら、半ば嘆願するように一同を見渡しました。
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
こうして、着流しでやくざに寝ッころがっているところは、また妙に御家人くずれみたいなひねった味が出て、女の子をポーッと上気のぼせさせる。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
三好夫人 (虚をつかれた形で、ぐつと上気のぼせ)あなたが、あなたが、此の女に甘いことでもおつしやつたんでせう。
写真(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
着物の埃を拂って起き上った光子は、体の節々を揉んで、上気のぼせたように頬や眼球を真紅にして居る。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まずまずと心をおちつかせ、燃えるように上気のぼって痛む頭を、夜の風にでも吹かせてやろうと、そこは女邯鄲師かんたんしで、宿をこっそり抜け出すことなど、雑作なく問題なく出来るので
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
薄化粧した御顔のすこし上気のぼせて耳の根元までもほんのり桜色に見える御様子のあでやかさ、南向に立廻した銀屏風びょうぶ牡丹花ぼたんの絵を後になすって、御物語をなさる有様は、言葉にも尽せません。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お母さんは全く上気のぼせて眼をキラつかせていらっしゃる様子が文面に溢れて居ります。どっちにしろ多賀ちゃんをつれてゆきます。
振り向いたのは十七八、並ぶ者なき美しさですが、手酌であおった酔が発したものか、ポーッと上気のぼせた頬の色、キリリと眼を釣って睨み上げた凄艶さ
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
少し上気のぼせてるとみえて、さつきから、なんだか下らないことを云ひ過ぎたやうですが、僕が奥さんにお願ひしたいのは、実は、かういふことなんです。
牛山ホテル(五場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
そんなことからつい別々に寝るやうになつたが、寒い時分には湯たんぽのことでよく喧嘩をした。なぜかと云つて、庄造は彼女と反対に、人一倍上気のぼせ性なのである。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すこし上気のぼせて、鼻血を御出しなさいました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
月夜だとあたたかそうな人家の灯が却って、上気のぼせるように見え、さすあかりで降りたての雪がキラキラ光って居るのが美しい。
「あの上気のぼせると、雨だろうが風だろうが、閉め切ってなんか置けない性分でした、風下の雨戸を一枚開けて、枕を出して横になって居たんでしょう」
そんなことからつい別々に寝るやうになつたが、寒い時分には湯たんぽのことでよく喧嘩をした。なぜかと云つて、庄造は彼女と反対に、人一倍上気のぼせ性なのである。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かうしてるうちに、僕が上気のぼせて来たらどうする。少しあぶなくなつて来たよ。
秘密の代償 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
若者は苦々しそうに舌打をして、上気のぼせた耳をおさえながら鉛筆を投げ出すと、立って向うの隅にいるもう一人の処へ行った。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その細めた眼、少し開いた唇、上気のぼせた頬などにはたとえようの無い法悦が淀んで、蛇と一体になりきったような、邪悪な楽しみが暫らくは娘の顔を輝やかせます。
そんなことからつい別々に寝るようになったが、寒い時分には湯たんぽのことでよく喧嘩けんかをした。なぜかと云って、庄造は彼女と反対に、人一倍上気のぼしょうなのである。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
みんな、少しづゝ、上気のぼせるんですね。
幕間 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
カラ すっかり満足して上気のぼせた私の顔のように赤い、澱んだ太陽が、それでも義務は守って、三遍火の上をかき抜けました。
対話 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
顔を起こすと、北見之守の脂切った顔を正面まともに見据えて、可愛らしい唇を衝いて出る啖呵は火のよう。美玉の如き顔は少し上気のぼせて、黒い瞳がキラキラと星の如く輝やきます。
すると、もうその予感で顔色が真つ青に変り、或はかあツと上気のぼせて来て、体中がふるへ出し、脚がすくみ、心臓がドキンドキン音を立てゝ鳴り出して、今にも破裂しさうになる。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
玉ならでは夜も明けね上気のぼせかた
玉突の賦 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
私は、すっかり上気のぼせあがり、胸がどきどきしてよく眼が見えないようになった。母の心持が押しかぶさるようにこわく、苦しく、重く迫って来た。
雲母片 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
すこぶる上気のぼせ性のくせにまたすこぶる冷え性で盛夏せいかといえどもかつて肌にあせを知らず足は氷のようにつめたく四季を通じて厚い袘綿ふきわた這入はいった羽二重はぶたえもしくは縮緬ちりめん小袖こそでを寝間着に用いすそ
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
青白い幽鬱ゆううつな顔も、少し上気のぼせて、半殺にされた毒虫のように、ワナワナふるえる唇、美しい頬の肉は醜く引吊って、眼は魔神の像のギヤーマンの眼玉のように、ギラギラと虚ろな光を投げます。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
くに、いそがしがって上気のぼせて居る。子供連多し。くにに「おねえちゃん、御飯まだでちゅか」という男の子の声す。
湯ヶ島の数日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
与えたと云うのは我が子いとしさに取り上気のぼせた親心にしても余り復讐ふくしゅう執拗しつように過ぎる第一相手は盲人であるから美貌を醜貌しゅうぼうに変ぜしめても当人にはそれほど打撃にはならないもし春琴のみを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
客の中で上気のぼせて倒れた者も出たが、それがすむと病気になってやめた女店員がたけをの玩具部だけで三四人あった。
だるまや百貨店 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
万事に贅沢ぜいたくであった父でさえも、居間に始めて瓦斯ガスストーブを引いたのはくなる前の年ぐらいであったが、それも、引いては見たものの上気のぼせると云って実際にはあまり使わなかった、自分達は皆
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女は、真正面に目を据え、上気のぼせ上った早口で、昨夜良人と相談して置いた転地の話を前提もなしに切り出した。
或る日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「少シ上気のぼセタヨウナ顔ヲシテルネ、興奮シテル見タイダナ」
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
赤っぽいのはいやに上気のぼせたようで苦しい色ですが、これは白いところへほんのり端々に紅がさしていて清楚可憐よ。机の上にずっとさして居ります。
びっくりしたので動悸がうって、サイは蒲団から苦しそうに上気のぼせた顔を出した。すっかり眼がさめてしまった。
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
紅い帯を胸から巻き、派手な藤色に厚く白で菊を刺繍した半襟をこってり出したところ、章子の浅黒い上気のぼせた顔立ちとぶつかって、醜怪な見ものであった。
高台寺 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
何年めかに私のべそをかいた顔を見せて、やっぱりあの上気のぼせた顔が、貴方の目にのこっているでしょうか。
ミサ子は、思いが凝って上気のぼせ、少し恰好のかわった奇麗な一重瞼をあげて、何ということなく、たべあらした膳ごしにテーブルのむこう端にいる柳の方を見た。
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
禰宜様宮田は、人があまり損得に夢中になっているので、却って上気のぼせ上って自分にははっきり分る損得を、逆に取り違えているのではあるまいかなどとも想う。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私は何と上気のぼせていることでしょう! 世間では二兎を追うべからずと申しますが、仕事と、本を見つけることと、旅行の仕度と三兎を追っていて、到頭ネをあげて
お母さんは面会で上気のぼせ、ゆかれることで上気せ、人ごみでおのぼせになってあぶなくて。
ちょっと肩のはった形で、こいクリーム色の皮に、上気のぼせた子供の頬っぺたのように紅みが刷かれている。そのリンゴは、皮がうすくて匂いの高い、特別に美味しい種類だった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
真白い毛糸の首巻から、陽やけのした、今は上気のぼせている顔が強い対照をなしている。
東京へ近づく一時間 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
年とった方が奇麗に剃った顎をあげて、上気のぼせた穢い顔をしている信吉の方を見た。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「ひぐまさんとじゃ、きっとあっこおばちゃん疲れて病気すると思うわ」「だって其とこれとは別じゃないの」「そりゃそうよ、病気したって仕方がないわ」上気のぼせて云うこととは思う。
彼女は、上気のぼせていた頭から、ほどよく血が冷やされるのを感じた。そして、非常にすがすがしい、新らしい、眼の中がひやひやするような心持になった彼女は、もうまごつかなかった。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
信吉は、シャツのボタンをかけずに拡げた若々しい胸板のところまで上気のぼせた。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
誰もかれも上気のぼせている。係の店員が「御気分のおわるい方は救護所がございます!」と叫んでいる始末だ。「モダン猿蟹合戦」という絵物語が、みんなをこんなに吸いよせているのです。
「モダン猿蟹合戦」 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)