一刻ひととき)” の例文
茂太郎の予報から約一刻ひとときも経て、果して田山白雲のしょうのものが、月ノ浦の港の浜辺に現われて、船をめがけて大きな声をあげました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼の身辺のそうした静けさは、ちょうど颱風たいふうの中心のように、いつ破壊と暗黒が襲ってくるかわからない不気味な一刻ひとときに似ていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それから一刻ひとときのあとに寝もやらぬうちに、ふたたび庭をよぎって戻って行く姿を見ましたが、池のみちから裏庭へ、つま戸の開く音がしたようにも覚えます。」
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
せめてお遺骨のお傍にでもいなくては寂しくて一刻ひとときも生きていられなかったものですから、実は告別式のすんだ晩、遺族の方達が皆疲れてしばらく休んでいられた間に
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
しかし、その月光のその一刻ひとときは、長かったようで、ぐ終ってしまいました。それは、あなたの友達の内田さんが、船室の蔭から、ひょッこり姿を、現わしたからです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「この文字は恐ろしい言葉でございます。これが讀めると、御用人樣一日も一刻ひとときも安い心がなくなるばかりでなく、お屋敷の皆樣には恐ろしいうたがひの雲がかゝりますが、それでも——」
「朝のうち一刻ひとときは信心するがならわし。あのご念仏の声が親の新助でござります」
それは愉しい一刻ひとときには違いなかった。夜更けの海辺の道を見知らぬ美しい女と肩を並べて歩くなどというひそかな喜びは、病気が約束した短い一生にとってはまことに貴ぶ可きものなのだ。
ひとりすまう (新字新仮名) / 織田作之助(著)
黄昏たそがれの薄映えは、いぜん波頭を彩っていたけれども、海霧ガスは暗さを増す一刻ひとときごとに濃く、またその揺動が、暗礁を黒鍵こくけんのようにもてあそんで、それが薄れ消えるときは、鈍い重たげな音を感ずるのである。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ひるにあらず、よるにあらざるこの一刻ひととき
カンタタ (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
一刻ひとときでも、貴公が体をやすめるように、わざと日暮れまでぶらついていたのだ。しかし欣んでくれ、矢文の願意は、お聞き届けになった」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すこし話したりまた話が途絶えたりしているひまに、時間というものはまるで駈けてはすぎる、一刻ひととき二刻ふたときのちがいではない、高い日はあっても、それはすぐ秋のようにすげなく落ちた。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
町内の御用聞、佐吉が驅け付けたのは、それから又一刻ひとときも經つた後のことです。
「どうするって、つまり身投げだよ。見ていると、一刻ひとときの間に十も二十も飛びこむことがある、そら見な、あの通り真紅まっかになっている中に、真白いものがふわりと浮いているだろう、女のしりだ」
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうした夕食後の一刻ひとときを、やはり新人フレッシュマンため、仲間はずれになっている、KOのフォアァの補欠で、銀座ボオイの綽名あだなのある、村川と、一等船客専用のA甲板かんぱんを——Aデッキを練習以外には使うな
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
しかも、それが一刻ひとときや二刻ではないのです。
かくて一刻ひとときやらときやら、ふたたび、ふと我れにかえったときは、太行山脈の一角に、七月二日の月が、魔のきばとも見えるえをいでいた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伝右衛門は、一刻ひとときでも長く詰所にいたかったが、時刻が来たし、交代の同僚も見えたので、悄然と、中屋敷を退がった。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夕餉ゆうげ一刻ひとときには、親娘おやこして、そっと、土器かわらけで杯が酌みかわされ、桔梗の母なるおうなは、瞼をぬぐい通していた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おくれたか。策か。いずれにしても卑怯ひきょうと見たぞ。——約束の刻限はく過ぎて、もう一刻ひとときの余も経つ。巌流は約をたがえず、最前からこれにて待ちかねていた」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長はその甚ださわやかでない一刻ひとときが人いちばい嫌いである。彼が寝所を出たと思うと、いつも小姓たちが駈け寄るのも間にあわないほど、朝のうがい手水ちょうずは迅速だった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんな一日のうちの一刻ひとときもあったが、しとみを出て、東条の山から、雪もよいの河内方面の空を見やれば、矢たけびか、枯野の風か、びゅーっ、びゅーっと、きのうもきょうも
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法師野ほうしのの部落は、それから一刻ひとときともたたないうちに、昼ながら、しんとしてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)