“ほうしょう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
放縦37.5%
褒賞17.5%
宝生15.0%
保昌5.0%
訪鉦5.0%
鳳翔5.0%
放生2.5%
方将2.5%
褒章2.5%
訪鐘2.5%
(他:2)5.0%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
親鸞 そのような席にお前を呼んだのか。純な、幼いお前を。放縦ほうしょうな人は小さいものをつまずかすことをおそれないのだ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
多年の放縦ほうしょう生活を改めたという、家庭の美事光明びじこうみょうが、一瞬にひっくりかえってしまったのだ。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そのほか大小の官僚武人すべてに褒賞ほうしょうの沙汰があり、故曹操の大葬終るの日、高陵の墳墓には特使が立って、
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は子供の時、故郷のムーランの中学校で幾つかの褒賞ほうしょうをもらい、彼がヌヴェール公爵と呼んでいたニヴェルネー公爵の手から親しく授かった。
宝生ほうしょう喜多きたなどいふ仕手しての五流は勿論、わきの諸流も笛、つづみ、太鼓などの囃子方に至るまで
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
宝生ほうしょう別会能べつかいのうを観るに及んで、なるほど老女にもこんな優しい表情があり得るものかと驚ろいた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
世間せけんではこの保昌ほうしょうのことを四天王てんのうならべて、一人武者ひとりむしゃといっていました。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
頼光らいこう保昌ほうしょう男山おとこやま八幡宮はちまんぐうに、つな公時きんとき住吉すみよし明神みょうじん
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
青銅の訪鉦ほうしょうが下がっている。備えつけの撞木しゅもくでたたく。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これは、中将様のお旗本衆でございましたか。寺をうひとには、おのずから礼もあり、あれに訪鉦ほうしょうも備えてあるに、本堂の上まで、土足でみだれ入るお客は、さしずめ夜盗か、血まようた落人衆おちゅうどしゅうかと危ぶみ、わざと、失礼いたしました。おゆるしのほどを」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沖の方にかかっているずんべらぼうの怪物は航空母艦『赤城あかぎ』と『加賀かが』だ。『竜驤りゅうじょう』と『鳳翔ほうしょう』は第一戦隊『長門』『陸奥』『山城』等の蔭にかくれている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
うん。そんなことなら、兄さんでも話せるよ。まず中国の方面から空襲をされたとするとネ、一番先に向ってゆくのは、海軍の第一、第二航空戦隊なんだ。赤城あかぎ鳳翔ほうしょうが第一で、加賀かが竜驤りゅうじょうが第二。
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この日、越の主将上杉輝虎(本当はまだ政虎)は紺糸縅の鎧に、萌黄緞子もえぎどんすの胴肩衣かたぎぬをつけ、金の星兜の上を立烏帽子たてえぼし白妙しろたえの練絹を以て行人包ぎょうにんづつみになし、二尺四寸五分順慶長光の太刀を抜き放ち、放生ほうしょう月毛と名づくる名馬に跨り、摩利支天の再来を思わせる恰好をしていた。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「ない? ——これだけの寺に食物がないはずはねえ。俺たちをなんだと思う。頭髪あたま黄巾きれを見ろ。大賢良師張角様の方将ほうしょう、馬元義というものだ。家探しして、もし食物があったら、素ッ首をはね落すがいいか」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宮内省くないしょうよりは貞順善行の緑綬りょくじゅ紅綬紫綬、ありたけ褒章ほうしょう頂かせ、小説家にはそのあわれおもしろく書かせ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
玄関に備えてある撞木しゅもくをもって訪鐘ほうしょうをつく。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家の周囲は幾反かの広い畑で、柿の樹が二十本あまりも高々と茂っていて、その大部分は伽羅柿きゃらがきと呼ぶ甘味かんみ多漿たしょうの、しかも大果だいか豊生ほうしょうの樹であった。
かき・みかん・かに (新字新仮名) / 中島哀浪(著)
鮑聶ほうしょう等の女仙は、もと古伝雑説より取りきたって彩色となすに過ぎず、しこうして月君はすなわ山東蒲台さんとうほだい妖婦ようふ唐賽児とうさいじなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)