鉄兜てつかぶと)” の例文
頭は鉄兜てつかぶとをかぶっているようで、ささえのない下ッ腹は絶えず何かに追ッかけられてるように、トカ、トカとえいでいるのだった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
どこまで行っても同じような焼跡ながら、おびただしいガラスびんが気味悪く残っているところや、鉄兜てつかぶとばかりが一ところに吹寄せられている処もあった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
待避の刹那まで、僕は鉄兜てつかぶとのまま机の前に坐ってもみた。今度こそ家が焼かれるか、死ぬか、そんな思いで暮しつづけた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
河には船が相変らず頻繁に通り、向河岸の稲荷いなりの社には、玩具がんぐ鉄兜てつかぶとかぶった可愛かわゆい子供たちが戦ごっこをしている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ある男が鉄兜てつかぶとを割られ、頭蓋骨をくだかれて道のまん中で死んでいる。そばに小さな金槌かなづちが一つ落ちている。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
外国の旋条銃せんじょうじゅうと日本の刀剣とで固めた護衛の武士の風俗ばかりでなく、軍帽、烏帽子えぼし陣笠じんがさ、あるいは鉄兜てつかぶとなぞ、かぶり物だけでも新旧時代の入れまじったところは
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
アダリーは小さな黒い鉄兜てつかぶと形の婦人帽に灰色の皮膚をクッキリと際立きわだたせた卵色の散歩服、白靴下、白靴。二人とも胸に揃いの黄金色のバラの花をさしていたではないか。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
店頭にはにぎやかにたこ羽根はねがぶら下り、セルロイドのラッパだの、サーベルだの、紙でこしらえた鉄兜てつかぶとだの、それからそれへと、さまざまなものが所も狭く、天井から下っていた。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
千住の橋を渡ったところに、鉄兜てつかぶとほどの大きさの饅頭まんじゅうを売っている店があると彼は話した。私はその饅頭には心を惹かれた。出たら一日行って見ようと約束するように話した。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
脾腹ひばらへはいった槍のケラ首をつかんで起とうとする——起たせまいとする——瞬間、また、頭上にチカッときらめいた、何人かの太刀が、がつんと、丹波の鉄兜てつかぶとへ打ちおろした。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
塹壕ざんごうの中で、腕ぐみをして、鉄兜てつかぶとのひさしの下の眼を、じっとつぶっている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
岩に頭をうちつけないために鉄兜てつかぶとをかぶり、おとなのだぶだぶの仕事着を着せられ、地下足袋じかたびをはき、手には小さなカンテラをさげ、鉱石をはこぶ電車のトロッコに乗って
智恵の一太郎 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
窓のおおいを下げるもの、立上って扉のところから外をのぞくもの、急いで鉄兜てつかぶとかぶるもの……彼はしーんとした空気のなかに、ぼんやり坐っていた。間もなく電車は動きだした。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
軍用犬に自転車をかせながら、颯爽さっそう鉄兜てつかぶとかぶっている男、つえにとりすがびっこをひいている老人。……トラックが来た。馬が通る。薄闇の狭い路上がいま祭日のように賑わっているのだった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
……正三が事務室へ這入はいって行くと、鉄兜てつかぶとを被った上田の顔と出逢であった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)