艶書えんしょ)” の例文
旧字:艷書
この間などは「其後そのご別に恋着れんちゃくせる婦人も無之これなく、いずかたより艶書えんしょも参らず、ず無事に消光まかり在りそろ間、乍憚はばかりながら御休心可被下候くださるべくそろ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今は待ちあぐみてある日宴会帰りのいまぎれ、大胆にも一通の艶書えんしょ二重ふたえふうにして表書きを女文字もじに、ことさらに郵便をかりて浪子に送りつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
かの爛漫らんまんたる桜花と無情なる土塀と人目を忍ぶ少年と艶書えんしょを手にする少女と、ああこの単純なる物象ぶっしょうの配合は如何いかに際限なき空想を誘起せしむるか。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
艶書えんしょを入れて来たりして、それからは、一日に二度も来るようになったのだと、困ったというふうに話した。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
すると、その手紙は思いもよらないほかの男から妻へ宛てた艶書えんしょだったのだ。言い換えれば、あの男に対する妻の愛情も、やはり純粋なものじゃなかったのだ。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それはまだ母が勤め奉公時代に父と母との間に交された艶書えんしょ、大和の国の実母らしい人から母へてた手紙、琴、三味線、生け花、茶の湯等の奥許おくゆるしの免状めんじょうなどであった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その一つは道場の師範から念流ねんりゅうの折紙をもらったこと、他の一つは新村家にいむらけの宵節句に招かれたこと、そうしてその宵節句の席で、彼は(不明の人から)艶書えんしょをつけられたのであった。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
恋歌こいか艶書えんしょ千束ちつかにあまるほどであったが、玉藻はどうしてもその返しをしないので、実雅はしまいにこういう恐ろしいことを言って彼女をおびやかした。自分の恋を叶えぬのはよい。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
中には真実めし艶書えんしょを贈りてき返事をと促すもあり、また「君徐世賓じょせいひんたらばわれ奈翁ナポレオンたらん」などと遠廻しにふうするもありて、諸役人皆しょう一顰一笑いっぴんいっしょううかがえるの観ありしも可笑おかしからずや。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ところが、驚いたのは、クッションの中に隠されていた艶書えんしょの分量だ。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いわんや「私はあなたを恋します」といって見知りもせぬ女に艶書えんしょを贈り、それで何ものかを与えたごとく考え、その女が応じなかった場合には立腹するようなことは、最も理由の無いことである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
いやさ艶書えんしょを送った事は知りますまいがな
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そんな人があるから、いけないんですよ。——それからまだ面白い事があるの。此間こないだだれか、あの方のとこ艶書えんしょを送ったものがあるんだって」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
君江には手紙の文体が学生の艶書えんしょと同じように気障きざにも思われるし、また翻訳小説でも読むようにまわりくどくて、どうやら気味のわるい気はしながらも
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
下にいる女髪結は、頻々ひんぴんとしてお君さんの手に落ちる艶書えんしょのある事を心得ている。だからこの桃色をした紙も、恐らくはその一枚だろうと思って、好奇心からわざわざ眼を通して見た。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「しかしじゃないか、知りもしないところへ、いたずらに艶書えんしょを送るなんて、まるで常識をかいてるじゃないか」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夢ともうつつともなく竜子は去年の秋頃から通学する電車の中で毎朝見かける或学生の姿を思い浮べた。たもとの中へいつのにか入れられてあった艶書えんしょの文句を思出した。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と云って、固々もともと恋人に送る艶書えんしょほど熱烈な真心まごころめたものでないのは覚悟の前である。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実をいうと手紙はある女から男にあてた艶書えんしょなのである。
手紙 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)