真紅まつか)” の例文
旧字:眞紅
紳士はそれを聞くと、黙つて婦人を連れて窓際の小卓こづくゑに案内した。つくゑの上には真紅まつかな花が酒のやうな甘つたるい香気にほひを漂はしてゐた。
「三八七番、この真紅まつかつらは何だ。」「それは私の顔で御座います。」「何で描いた。」「水蜜桃の腐れたので描きました。」
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「ねえ、明日帰つたら、私、洋服屋へ行くンだけど、あんたも行つてみてくンないかなア……。真紅まつかなスーツで、金釦きんボタンをつけて貰つたンだよ」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
私は顔が真紅まつかになつてどうすることも出来ませんのでしたがおさやんはしらずに着物の紐をしめたりなどして居ました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
一俵掛けて、兄弟してうんと力を入れた時は、二人とも顔が真紅まつかに成る。地主ははかりざを平均たひらになつたのを見澄まして、おもりの糸を動かないやうに持添へ乍ら調べた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
真紅まつかな奴が枝も裂けさうになツてるのへ、真先に僕が木登りして、漸々やうやう手が林檎に届く所まで登ツた時、「誰だ」ツてノソノソ出て来たのは、そら、あの畑番の六助ぢぢいだよ。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
きいろい小さな花、紫色をした龍胆に似た花、白く叢を成して咲いてゐる花、運が好いと、真紅まつかな美しい撫子の一つ二つをその中から捜すことは出来た。波の音は地をうごかすやうに絶えずきこえて来てゐた。
磯清水 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
今の今迄真紅まつかな夢を見てゐたつけが、彼女は鼻血を出しました。
空が焼けた、真紅まつかにやけた!
秋の小曲 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
梅子は真紅まつかになりてうつむきぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
仲間が死骸を片付けようとして見ると、画家ゑかきは耶蘇のやうに胸にあながあいて、孔からは真紅まつかな血が流れてゐた。仲間はそれを見ると
見ればお志保で、何か用事ありげに駈寄つて、未だ物を言はない先からもう顔を真紅まつかにしたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
初めて自分の分身としてひかるを見た時の満足にも劣らない満足さを感じるのですが、やはりあの時のやうに目をいて居ない、真紅まつかな唇は柔かくとざされて鼻の側面が少女をとめのやうである
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そよかぜに子供が遊んでゐる玉蜀黍たうもろこしはそばに真紅まつかな毛を揺りてゐる
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのしろい歯で真紅まつかな花を咬んでゐる。
哲学者はそれには何とも答へないで、いきなり痰唾たんつば富豪かねもちの顔に吐きかけた。富豪かねもち西洋茄子トマトのやうに真紅まつかになつておこつた。
目をけてつくづく見れば薔薇ばらの木に薔薇が真紅まつかに咲いてけるかも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
四条派の名家だつた望月玉泉が、晩年に京都のある高等女学校に、邦画の教師として一週幾時間か酸漿ほほづきのやうな真紅まつかな顔をのぞけてゐた事があつた。
大きなる紅薔薇べにばらの花ゆくりなくぱつと真紅まつかにひらきけるかも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのしらせがナポレオンの耳に入ると、この色の白い洒落者の小男は桜んぼのやうに真紅まつかになつて怒つた。そして
散ろか散るまいかままよ真紅まつかに咲いてのきよ
真珠抄 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
文豪は隣りから一向返事が来ないので、真紅まつかになつて怒つた。そして今度は火のやうな手紙を書いて送つた。
積藁の上に大樹の山椿丹念に落す花真紅まつかなり
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その瞬間独帝カイゼルは真青になつて、帽子から拳を引き外した、見ると、白い手首に真紅まつかな血がたらたらと流れてゐる。独帝カイゼルは恨めしさうにその男の帽子を覗き込むだ。
記者は独語ひとりごとを言ひ言ひ、真紅まつかれた柿の実を想像してみた。実際白状すると、記者は柿が好物だつた。
すると娘は急に真紅まつかになつた。覆盆子いちごのやうに真紅まつかになつて、眼には一杯涙さへさしぐむでゐる。
大道氏は機関車のやうに鼻嵐を吹いて真紅まつかになつてゐたが、まあ仕合せと脱線もしないで済んだ。
知事は真紅まつかな顔をして起き上つた。属官は自分の疎忽そこつのやうにお辞儀をしい/\フロツクコートの埃を払つた。フロツクコートは綺麗になつた。だが、肝腎の顔はうする訳にもかなかつた。
火吹達磨ひふきだるまのやうに真紅まつかになつた和尚の顔を見て取つた中馬は、すごすごと庫裏くりに入つて往つたが、暫くすると掌面てのひらに何か血だらけの物を載せて、ひよつくり方丈に出て来て黙つてお辞儀をした。