献酬けんしゅう)” の例文
旧字:獻酬
木村さんもそうだと思うが、私には、夫の留守に木村さんと献酬けんしゅうすることは、夫の意志に背くことにはならない、という気があった。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「議論はいやよ。よく男の方は議論だけなさるのね、面白そうに。からさかずきでよくああ飽きずに献酬けんしゅうができると思いますわ」
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
献酬けんしゅうなどはまどろっこしい。酒は手酌に限るようだ。さて手酌で一杯飲もう。……しかし何かを祝おうではないか」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
僕はそのぜんを前に、若槻と献酬けんしゅうを重ねながら、小えんとのいきさつを聞かされたんだ。小えんにはほかに男がある。それはまあ格別かくべつ驚かずともい。
一夕話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふたりは一つのさかずきを献酬けんしゅうした。善兵衛はいろいろ野球の方法を話したが覚平にはやはりわからなかった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
媒妁は滅多に公会祝儀の席なぞに出た事のない本当の野人やじんである。酒がはじまった。手をついたり、お辞儀じぎをしたり、小むつかしい献酬けんしゅうの礼が盛に行われる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
酒は一升徳利からその丹塗の大椀の底にちょっぴり注がれて、五人組総代と私の間の献酬けんしゅうである。やれやれと安心したら今度はもひとつの大椀を取って差出す。
加波山 (新字新仮名) / 服部之総(著)
不思議な男女、荒れ寺のあなぐらで、この初冬の夜を飲みあかそうと、献しつ押えつ、献酬けんしゅうがはじまった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「大変先生も機嫌がよかった。いま一杯やるところだからと進められたが、お須磨さんが土瓶どびんをもっているからなんだと思ったら、土瓶でおかんをして献酬けんしゅうしているところだった」
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
伯父夫妻としては、自分の一家さえ安全なら、賊が逮捕されようとされまいと、そんなことは問題ではないのですから、ただもう明智への礼心で、賑かなさかずき献酬けんしゅうが始められました。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すなわちあの時代にも一人で飲むのは下人げにんで、主人との献酬けんしゅうはなかったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
時をいては、またべつな者が杯を持ってすすみ、献酬けんしゅうのあいだにく。或いはじょうをもってすがる。或いは世情の嘆や官の腐敗を言って口説くどきにかかる。が、の拒否はまるでいわおのようでしかない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人の前には正月のぜんえてあった。客は少しも酒を飲まないし、私もほとんどさかずきに手を触れなかったから、献酬けんしゅうというものは全くなかった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのうちに追ひ/\一同も打ち解けて来て、此処彼処で会話が取り交はされる。ぽつ/\盃の献酬けんしゅうが始まる。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
露柴も、——露柴は土地っ子だから、何も珍らしくはないらしかった。が、鳥打帽とりうちぼう阿弥陀あみだにしたまま、如丹と献酬けんしゅうを重ねては、不相変あいかわらず快活にしゃべっていた。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二人は、小さな猪口ちょくを、さしつおさえつ、さも楽しげに献酬けんしゅうしながら、演技に見惚みとれるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
桂と、斧四郎とは、船から船へ、手をのばし合って、さかずき献酬けんしゅうした。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はこれを聞いた時には、陽気なるべき献酬けんしゅうの間でさえ、もの思わしげな三浦の姿が執念しゅうねく眼の前へちらついて、義理にも賑やかな笑い声は立てられなくなってしまいました。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうして客でもあると、献酬けんしゅうの間によくそれを臨機応変に運用した。多年父のそば寝起ねおきしている自分にもこの女景清おんなかげきよの逸話は始めてであった。自分は思わず耳を傾けて父の顔を見た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、播磨守は、献酬けんしゅうのあいだに打ち笑って
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうち燗徳利かんどくり頻繁ひんぱんに往来し始めたら、四方が急ににぎやかになった。野だ公は恭しく校長の前へ出てさかずきを頂いてる。いやな奴だ。うらなり君は順々に献酬けんしゅうをして、一巡周いちじゅんめぐるつもりとみえる。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)