ひら)” の例文
其方そちもある夏の夕まぐれ、黄金色こがねいろに輝く空気のうちに、の一ひらひらめき落ちるのを見た時に、わしの戦ぎを感じた事があるであろう。
背筋せすじの通った黄なひらが中へ中へと抱き合って、真中に大切なものを守護するごとく、こんもりと丸くなったのもある。松の鉢も見える。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白とか赤とかきわだったひらは、筆を取り直して特に注意して書いたりする態度なども、心のある者は敬意を払わずにいられないことであった。
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
花は淡紅うすくれなゐの色たぐふべきものも無く気高く美しくて、いやしげ無く伸びやかに、大さは寸あまりもあるべく、単弁ひとへの五ひらに咲きたる、極めてゆかし。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
そんな風だから、牛肉と云ったって鋤焼すきやきなどはめったに食べられず、わずかに肉の切れっ端が一ひらか二片浮いているようなものばかりを食べさせられる。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
我はかの飾れる精氣より、さきにわれらとともにかしこに止まれる凱旋がいせんの水氣ひらをなして昇るを見たり 七〇—七二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
磊落に笑った大きな声に、吃驚びっくりしたというように、床に活けてあった牡丹の花が、一ひらポロリと床の上へ零れた。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこから少しくと、美しく鏡のやうに光つた湖水があつた。白い雲の一ひらが立ち停つて、女のやうに自分の姿をうつしてゐた。友達は景色に見惚みとれながら訊いた。
それに応じて、ただ二、三ひらの砕片が、飛び散ったばかりであった。が、再び力を籠めて第二の槌を下した。更に二、三片の小塊が、巨大なる無限大の大塊から、分離したばかりであった。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
加之のみならず、此一面の明鏡は又、黄金の色のいと鮮かな一ひらの小扇さへ載せて居る。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
一つの花の花びらですから、どの一ひらもむしることは出来ないのよ。一輪の花はうすい黄色と緑。もう一輪は柔かい桃色と黄色でした。それは大変素朴で、真情的な咲きかたをしていました。
学校の、 ガラスひらごとかゞやきて、 あるはうつろのごとくなりけり。
文語詩稿 一百篇 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
いくひらの紙幣、紙に包んで、投げ与へ、ついでに手紙も渡して置くぞと。残る方なきお心添へ。なに暗からぬ御身をば、はや、いつしかにほの暗き、障子の方に押向けて、墨磨りたまふ勿体なさ。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
火事のあかりにてらされながら陣州屋をたしなめていたときの次郎兵衛のまっかな両頬には十ひらあまりの牡丹雪が消えもせずにへばりついていてその有様は神様のように恐ろしかったというのは
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
花の四ひら白蓮華びやくれんげ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
乱れ書きにした端々にまで人を酔わせるような愛嬌がこもっているこのひら以外の物はもう見ようともされないのであった。
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
日輪天の磨羯まかつつのに觸るゝとき、こほれる水氣ひらを成してわが世のそらより降るごとく 六七—六九
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
花の匂いと草の匂いとが、蒸せるように匂っている。空は白味を含んではいたが、しかし一ひらの雲も浮かべず、澄んで遥かにかかっていて、その中に太陽が燃えながら、地上の一行を眺めていた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
また全然変わった奇岩の立った風景に相応した雄健な仮名の書かれてあるひらもあるというような蘆手であった。
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)