爪音つまおと)” の例文
どうかして父の大臣の爪音つまおとに接したいとは以前から願っていたことで、あこがれていた心が今また大きな衝動を受けたのである。
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
まさに、この時分の彼女の爪音つまおとには、彼女の細い腕から出るものではない大きな、ふくみのある、深い、幅の広い音が出ていた。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そうして、出戻りの侘びしい身の憂さを糸の調べに慰めているのである。思いなしかその爪音つまおとは、人の涙をはじき出すように哀れにふるえていた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのうちに燭台しょくだいの花を飾ッて酒宴が始まると、客の求めで娘は筑紫琴つくしごとを調べたがどうして、なかなか糸竹の道にもすぐれたもので、その爪音つまおとの面白さ,自分は無論よくは分らなかッたが
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
まことに此時このときうららかにかぜやはらかくうめの花、のきかんばしくうぐひすの声いと楽しげなるに、しつへだてゝきならす爪音つまおと、いにしへの物語ぶみ、そのまゝのおもむきありて身も心もきよおぼえたり、の帰るさ
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
汽車をくだれば、日落ちて五日の月薄紫の空にかかりぬ。野川の橋を渡りて、一路のすなはほのぐらき松の林に入りつ。林をうがちて、桔槹はねつるべの黒く夕空にそびゆるを望める時、思いがけなき爪音つまおと聞こゆ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
鼓村師は、自分の作曲したものでも、自分で忘れた部分は、爪音つまおとをとめて、いとの上に手を伏せたままうたっていることがある。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
十三絃の琴は他の楽器の音の合い間合い間に繊細な響きをもたらすのが特色であって、女御の爪音つまおとはその中にもきわめて美しくえんに聞こえた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
楽器が来ると、笛で何が吹かれていたかも思ってみず、ただ自身だけがよい気持ちになって、爪音つまおともさわやかに弾き出した。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
してまた、ゆるめた絃は最もきにくいのだ。第一、爪音つまおとが出ない、下手へたに強くつめをあてればが動き出す。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
忘れようとする心から琴をいてみたが、なつかしいふうに弾いた玉鬘の爪音つまおとがまた思い出されてならなかった。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
朱絃舎浜子の爪音つまおとが、ちょっと、今の世に、類のないことの妙音であること、それは、いにしえから今にいたるまでも、数少ないものであろうと思っていたし、性格やその他
非常におもしろいお爪音つまおとであって、おおまかなの楽器ではあるが、芸の洗練された名手が熱心におきになるのであるから、すごい気分のような透徹した音を
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「あなたのは昔の太政大臣の爪音つまおとによく以ているということですから、ぜひお聞きしたいと思っているのです。今夜はうぐいすに誘われたことにしてお弾きくだすってもいいでしょう」
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
価値の高い女として中宮も愛しておいでになった。琴の爪音つまおと琵琶びわ撥音ばちおとも人よりはすぐれていて、手紙を書いてもまた人と話しをしても洗練されたところの見える人であった。
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
愛嬌あいきょうのある爪音つまおとで、逆にかく時の音が珍しくはなやかで、大家のもったいらしくして弾くのに少しも劣らない派手はでな音は、和琴にもこうした弾き方があるかと大将の心は驚かされた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
この家で楽器などというものに久しく手を触れたことがなかったと、自身の爪音つまおとさえも珍しく思われ、なつかしい絃声を手探りで出し、目は昔の夢を見るように外へ注いでいるうちに
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
右衛門督の爪音つまおとはよく響いた。一つのほうの和琴は父の大臣がいともゆるく、も低くおろして、余韻を重くして、弾いていた。子息のははなやかにがたって、甘美な愛嬌あいきょうがあると聞こえた。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
女王はほのかな爪音つまおとを立てて行った。源氏はおもしろく聞いていた。たいした深い芸ではないが、琴の音というものは他の楽器の持たない異国風な声であったから、聞きにくくは思わなかった。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夫人の掻き合わせの爪音つまおとが美しい。催馬楽さいばらの「伊勢いせの海」をお歌いになる宮のお声の品よくおきれいであるのを、そっと几帳の後ろなどへ来て聞いていた女房たちは満足したみを皆見せていた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)