炊煙すいえん)” の例文
持仏堂に鐘が鳴り、陽も夕ずく頃、城内城中には炊煙すいえんが立ちこめた。兵糧を取れと令せられたのだ。しかし、軍隊はなお解かれない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところどころに立つ炊煙すいえんはのどかに風にゆれて林をめぐり、お宮の背後うしろへなびき、それからうっとりとかすむ空のエメラルド色にまぎれゆく。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
人々は彼と朝日照り炊煙すいえん棚引たなびき親子あり夫婦あり兄弟きょうだいあり朋友ほうゆうあり涙ある世界に同居せりと思える、彼はいつしか無人むにんの島にその淋しき巣を移しここにその心を葬りたり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
湖に浮く朝靄と見分けがたい炊煙すいえんが青葉に包まれた村のあちこちにも棚曳く頃には、黒鶫アムゼルはいつか城跡の森へ飛び去って、木立の奥から遠くかすかに「エコー」のように、その旋律がくり返される。
はるか樹間このまの村屋に炊煙すいえん棚曳たなびくあり。べにがら色の出窓に名も知れざる花の土鉢をならべたる農家あり。丘あり橋あり小学校あり。製材所・変圧所・そして製材所。アンテナ・アンテナ・アンテナ。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
しかし先に頼尚がいいつけてあったのか、庫裡くりではさかんな炊煙すいえんだった。なによりは一同の飢えが頼尚の責任感にあったとみえる。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小丸山の庵室は、万丈の雪の底に丸くうずまっていて、わずかに朝夕ちょうせき炊煙すいえんが立つので、そこに人が住んでいることが分る——
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その飾磨しかまうらの川尻に、ひるごろから小舟をつないで、やがて迫る黄昏たそがれに、わびしい炊煙すいえんをあげている一艘いっそうの世帯がある。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
事実、泊中の炊煙すいえんがもう細々になりだしていたのである。馬糧、兵糧、少しでもあるうちにと、全員の声が高い。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(海上に、おびただしい炊煙すいえんや兵船の影が見える。思うに、沿海をうかがう敵の水軍かも知れぬ。油断すな)
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それぞれの船が夜食にかかる炊煙すいえんだった。そしてこのときだけは、供御くごのために、妃たちもみなともへ出て、水仕みずしや調理につとめ合っていたが、やがてのこと
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
備中平びっちゅうだいらにはきょうも赤々と陽が落ちかけていた。敵の主城高松城のあたりに薄い炊煙すいえんがたちのぼっている。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうもこの頃、孫堅の陣には、元気が見えません。おかしいのは兵站部へいたんぶから炊煙すいえんがのぼらないことです。まさか、喰わずに戦っているわけでもないでしょうが」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家ごとの炊煙すいえんは、けたばかりの町の上へ、いくさのように立ちのぼっていた。大津の宿駅は、湖北から石山までぼかしている朝がすみと、そのさかんな煙の下に見えてきた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若葉の夕闇に、ここかしこ、陣屋の炊煙すいえんが上がっていた。どんな幽邃ゆうすいな寺院も、ひとたび軍馬の営となると、そこは忽ち旺盛おうせいな日常生活の厨房ちゅうぼう馬糞ばふんのぬかるみになった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大台所から吐かれる夕煙が寺内にたちめ始めた。一切の煮焚にたきからかしぎや風呂もたきぎである。宵にかかる前の一刻はここばかりでなく洛中洛外が炊煙すいえんをたなびかせているのだった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姫路城の内外から立つ炊煙すいえんは一時天もにぎわうほどだった。一番貝の音とともに将士は、みなみな飯を喰いにかかった。秀吉もまだ広間の中央にあって、具足のまま飯茶碗をかかえていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頂上のここで炊煙すいえんを揚げては、つい二里彼方の敵の物見に発見されるおそれがある。そのため麓の三石でかしがせた物を持ち運ばせて食べるという入念ぶりで、今日も鳴りをひそめていたからだった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝夕の炊煙すいえんすら立ち昇らない態なので、遂に一朝、思い切って一門を突破し、どっと中へ駈け込んでみると、数百輛の車に兵糧を積んだまま捨ててあるし、武具や馬具なども取り散らし、寝た跡
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それらの遊戯三昧ざんまいのみで、万戸ばんこ炊煙すいえんが賑わっていたわけではない。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう宵の五刻いつつだが、八百の兵員の炊煙すいえんはまだ濛々もうもうさかんであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宵の空に、おびただしい炊煙すいえんがたちのぼった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)