流許ながしもと)” の例文
炉辺ろばたは広かった。その一部分は艶々つやつやと光る戸棚とだなや、清潔な板の間で、流許ながしもとで用意したものは直にそれを炉の方へ運ぶことが出来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
台所の戸の開捨てた間から、秋の光がさしこんで、流許ながしもと手桶ておけ亜鉛盥ばけつひかって見える。青い煙はすすけた窓から壁の外へ漏れる。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こう夫から言付けられて、お雪は一度流許ながしもとへ行って、戻って来た。あおのけに畳の上に倒れている夫の胸は浪打なみうつように見えた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
斯うお栄に話し聞かせて、やがて叔父さんは流許ながしもとで癖のやうに手や足を洗つて、復た二階へ上つて行つた。姉の結婚は次第に近づいて来て居た。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
姉妹きやうだい流許ながしもと手洗てうづをつかひながら話した。お栄の方は水道の前に蹲踞しやがんで冷たい柔かな水でもつて寝起の顔を洗つて居た。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
三吉は何か思い当ることが有るかして、すこしまゆひそめた。流許ながしもとの方から塩水を造って持って来て、それを妻に宛行あてがった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
とお栄は流許ながしもとへ来て、棚の上にある黄色い薔薇の花を一寸ちよつと自分で嗅いで見て、それから子供の鼻の先へ持つて行つた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その流許ながしもとで、お婆さんは腰を延ばしながら一寸空を眺めて見て、「ああ、今日も好い御天気だ」という顔付をした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
姉がまだ一緒にいた夏の頃、節子は黄色く咲いた薔薇ばらの花を流許ながしもとの棚の上にびんして置いて、勝手を手伝いながらでもひとりでながめ楽むという風の娘であった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
急に入つて来た少年に妨げられて、敬之進は口をつぐんだ。流許ながしもと主婦かみさん、暗い洋燈ランプの下で、かちや/\と皿小鉢を鳴らして居たが、其と見て少年の側へ駈寄つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
勝手の流許ながしもとには、老婆が蹲踞しゃがんで、ユックリユックリ働いていた。豊世は板の間に立ってながめた。ゴチャゴチャした勝手道具はこの奉公人に与えようと考えていた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
節子に言わせると、彼女が仏壇を片付けに行って、勝手の方へ物を持運ぶ途中で気がついて見ると、彼女のにはべっとり血が着いていた。それを流許ながしもとで洗い落したところだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山家のならわしとして冬至には蕗味噌ふきみそ南瓜とうなすを祝います。幸い秋から残して置いた縮緬皺ちりめんじわのが有ましたから、それを流許ながしもとで用意しておりますと、花火の上る音がポンポン聞える。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
台処の流許ながしもとに流れる水は皆な凍り着く。ねぎの根、茶滓ちゃかすまで凍り着く。明窓あかりまどへ薄日の射して来た頃、出刃包丁でばぼうちょうか何かで流許の氷をかんかんと打割るというは暖い国では見られない図だ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
主婦かみさん流許ながしもとへ行つたり、かまどの前に立つたりして、多忙いそがしさうに尻端折しりはしをりで働いて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「姉様かなし、未だ帰って来ないぞなし」とお延は流許ながしもとに腰掛けながら答えた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其時はもう百姓も、橇曳そりひきも出て行つて了つた。余念も無く流許ながしもとなべを鳴らして居る主婦かみさん、裏口の木戸のところに佇立たゝずんで居る子供、この人達より外に二人の談話はなしさまたげるものは無かつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
お島が炉辺ろばたへ行って子供に牛乳をくれようとすると、時にはそれが淡い緑色に凍って、子供に飲ませることも出来ない。台処の流許ながしもとに流れる水は皆な凍りついた。貯えた野菜までも多く凍った。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
女亭主かみさんほうけた髪を櫛巻くしまきで、明窓あかりまどから夕日を受けた流許ながしもとに、かちゃかちゃと皿を鳴して立働く。炉辺には、源より先に御輿みこしを据えて、ちびりちびり飲んでいる客がある。二階には兵士の客もある様子。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
婆やは流許ながしもとに腰をこごめて威勢よく働いていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)