“歿(なく)” の例文
歿(なく)なつた子供の揺籃に倚懸つてゐる母親、楽園の門の閾(しきゐ)に立てゐるエヴ、宝は盗まれて其跡に石の置いてあるのを見た吝嗇な男
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
じゃが弟はつい最近、左様あの庭で歿(なく)なったと聞いた。もちろん、敵がこの島まで追撃して来たところで俺が悪いのではない。
そなたも若(わか)いのに歿(なく)なって、まことに気(き)の毒(どく)なことであるが、世(よ)の中(なか)はすべて老少不定(ろうしょうふじょう)、寿命(じゅみょう)ばかりは何(な)んとも致方(いたしかた)がない。
この古箏(こそう)の歴史についても委(くわ)しかったのであろうが、それよりも、私は、なんとなくいやな予感がした。鼓村さんは、間もなく歿(なく)なっているのだ。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
又預り金を取られ申し訳が無いと切羽詰りに成りまして、あゝいうことに成りましたか、もう歿(なく)なりますると、中々先の貸金は参りませんで、借財も多くございましたから、人様も
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お歿(なく)なりになったそうで、まことに御愁傷のことである。
「継子さんが歿(なく)なつたのですか。」
それから人間(にんげん)が歿(なく)なる場合(ばあい)にも、第(だい)一に受附(うけつ)けてくださるのが、矢張(やは)り産土(うぶすな)の神様(かみさま)で、誕生(たんじょう)のみが決(けっ)してそのお受持(うけもち)ではないのでございます。
その後、直に父親を歿(なく)なしてからも、十三、四から踊りの手ほどきをして、母親と二人で暮していけたのだがと、めずらしく身の上ばなしをしだした。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかし良人(おっと)は私(わたくし)よりも先(さ)きに歿(なく)なって居(お)り、それに又(また)神(かみ)さまが、時節(じせつ)が来(く)れば逢(あ)わしてもやると申(まう)されましたので、そちらの方(ほう)の断念(あきらめ)は割合(わりあい)早(はや)くつきました。
父親が歿(なく)なると、男振りのよい忰(せがれ)たちは直(じき)に店をつぶしてしまった——尤(もっと)もそれには御維新の瓦解(がかい)というものがあった故(せい)もあろうが——二人の忰はありったけの遊びをして
きんぼうに連れられて、あんぽんたんが二絃琴のおしょさんの家にいった時分には、もう家元芦船も芦雪も歿(なく)なっていた。直門(じきもん)に、芦質(ろしつ)、芦洲(ろしゅう)、芦総(ろそう)、芦寿賀(ろすが)らが残っていた。
「お歿(なく)なんなすってからも、居間(おへや)の前の庭は、当時そのままだから——」
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
会計検査院に出ていたお父さんが歿(なく)なり、家督の弟御(ご)が役の都合で地方にいるので、広い構えのなかに、ポツンと独りで暮している、若い時分は、詩文と、名筆で知られていた、浜節子という
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)