ひね)” の例文
お玉は小さい紙入を黒襦子くろじゅすの帯の間から出して、幾らか紙にひねって女中に遣って置いて、駒下駄を引っ掛けて、格子戸の外へ出た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
それをフアウヌスは傍の柱に寄り掛かつて、非常に落ち着いた態度で、右から左へと見比べて、少し伸びた髭をひねつてゐる。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
寒月は羽織の紐をひねってにやにやする。吾輩は主人のあとを付けて垣の崩れから往来へ出て見たら、真中に主人が手持無沙汰にステッキを突いて立っている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると主人はたもとの底をがさごそとさがしていて紙のひねったのを二つ取り出し、一つずつ二人にくれた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
障子は隔ての関をえて、松は心なく光琳風こうりんふうの影を宿せり。客はそのまま目を転じて、下の谷間を打ち見やりしが、耳はなお曲にかるるごとく、ひげひねりて身動きもせず。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
土間どまへおりて爪立つまだつようにして瓦斯ガスのねじをひねり、それにマッチの火を移した。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
松吟庵しょうぎんあんかんにして俳士はいしひげひねるところ、五大堂はびて禅僧ぜんそうしりをすゆるによし。いわんやまたこの時金風淅々せきせきとして天に亮々りょうりょうたる琴声きんせいを聞き、細雨霏々ひひとしてたもと滴々てきてきたる翠露すいろのかかるをや。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一体このテントはヤクの毛で拵えたもので、土人がヤクの毛を口でくわえて手で延ばしつつひねりつつ糸にしてそれを織るのでございます。で、その布を縫い合せて家の形のようなものを拵える。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ここにもらしてはならぬ一事は、彼が強大な体力を有していて、徒刑場のうちの何人なにびとも遠く及ばなかったことである。労役において、錨鎖ケーブルひねりまたは轆轤ろくろを巻くのに、彼は四人分の価値があった。
美人は紙縷こよりひねりて、煙管を通し、溝泥どぶどろのごとき脂におもてしわめて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
巡査じゆんさ呼吸いききりのやうにすこれた口髭くちひげひねりながら
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「見た事も聞いた事もないに、これだなと認識するのが不思議だ」と仔細しさいらしく髯をひねる。「わしは歌麻呂うたまろのかいた美人を認識したが、なんとかす工夫はなかろか」
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人は鼻の下の黒い毛をひねりながら吾輩の顔をしばらくながめておったが、やがてそんなら内へ置いてやれといったまま奥へ這入はいってしまった。主人はあまり口を聞かぬ人と見えた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)