にの)” の例文
旧字:
おいずる一つをにのうて行かれたあとに、瘠せ犬が二疋、つれ立って行きましたが、それも国境で戻って来たと見え、夕方には村に着いておりました。
あじゃり (新字新仮名) / 室生犀星(著)
むかし、いくたりの青年が、この人にきそい負けてわたしのまわりから姿を消したことであろう。おもえば相当に、罪をにのうてるこの人である。
愛よ愛 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この婆様が四年前の四月、例により塩をにのうて来た畚(フゴ)の中にかの村名産のタチガイ多く入れあった。
「でも、その御安心を身ににのうて、よいお留守をしているには、まだ、久子には何か力が足りませぬ」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
過ぐる未年ひつじどし才牛さいぎゅう市川団十郎が、日本随市川のかまびすしい名声をにのうて、あずまからはるばると、都の早雲長吉座はやぐもちょうきちざに上って来た時も、藤十郎の自信はビクともしなかった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
是だけは主人がかま棒荷縄ぼうになわを持って、自分で刈ってにのうて家に迎えてくるものときまっていた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こいねがわくは吾が党の士、千里きゅうにのうてここに集り、才を育し智を養い、進退必ず礼を守り、交際必ずを重じ、もって他日世になす者あらば、また国家のために小補なきにあらず。
慶応義塾の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
身は今旅の旅にりながら風雲のおもいなおみ難くしきりに道祖神にさわがされて霖雨りんうの晴間をうかがい草鞋わらじ脚半きゃはんよと身をつくろいつつ一個の袱包ふくさを浮世のかたみににのうて飄然ひょうぜんと大磯の客舎を
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
買ってもどった天秤棒で、早速翌朝から手桶とバケツとを振り分けににのうて、汐汲しおくみならぬ髯男の水汲と出かけた。両手に提げるより幾何いくらましだが、使い馴れぬ肩と腰が思う様に言う事を聴いてくれぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
市坊しぼうの旅館に、旅装をといて、あらかじめ、使いをもって、右大臣家の内意をうかがい、衣装、髪かたち、供人などがにのうて来た土産の品々まで、美しく飾りたてて
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若い時三井寺でくだんの鐘を見たるに𤿎裂筋あり、往昔弁慶、力試しにこれをげて谷へげ下ろすと二つに裂けた、谷に下りし合せ長刀なぎなたにのうて上り、堂辺へ置いたまま現在した
その原因は、この寅之助の不つつかにあったことゆえ、自分も身を落し、薪を割り水をにのうても、宝蔵院でひと修行せんものと、身許をかくして住み込んだわけ。——お恥かしゅう存じます
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いまや、呉は初めて、魏の敵地を踏んだところだ。呉の興亡をにのうている御身らには、毛頭私心などあるまいと思うが、わたくしの旧怨などは、互いに忘れてくれよ。いいか、ゆめ思うな」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)