手筥てばこ)” の例文
総縫の裲襠うちかけに、三つ葉葵の紋を散らした手筥てばこ、相沢半助思わずハッと頭を下げるはずみに、乗物の扉はピシンと閉ってしまいました。
が、家に持ち伝へた螺鈿らでん手筥てばこや白がねの香炉は、何時か一つづつ失はれて行つた。と同時に召使ひの男女も、誰からか暇をとり始めた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
信長の耳にはいって、信長の前で、小色紙に即興の和歌をしたためて見せ、美しい菓子と手筥てばこを褒美にもらったこともある。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半襟は新宿御苑しんじゅくぎょえんの蘭の花を染めた珍しいもので、幾十年を経てすっかり色はあせながら、今も手筥てばこの中にあります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
何か日本の特産品で彼方の人に喜ばれそうな物はと頭をひねった末、ふと服部はっとりの地下室で螺鈿らでん手筥てばこを見付けたので、それを幸子からの進物とすることにきめ
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
庇厨子ひさしずし手筥てばこの中から、一枚の紙を取って、「これを読んでみろ」と夫人に渡した。
ところが、その九月になって、あの方がお出かけになられた跡に手筥てばこが置いてあったので、何の気なしに開けて見たら、どこかの女のもとへ送るおつもりだったらしい御文がしのばせられてあった。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
一つずつ無の手筥てばこに入れられるのさ。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
その枕元に睡眠薬と手筥てばこがあった。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
平民殿様はすっかり悦に入って、手筥てばこの中から、大錦一枚刷の八百屋お七——国広えがく——と署名のあるのを出して見せました。
散らかって方丈へなだれ込んだ手下たちは、やがて戻ってきて、範宴のへやから一箇の翡翠ひすい硯屏けんぺい堆朱ついしゅ手筥てばことを見出してきただけであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この六助は蒔絵師まきえしだった」と去定は低い声で云った、「その道ではかなり知られた職人だったらしい、紀伊家や尾張家などにも、文台ぶんだい手筥てばこが幾つか買上げられているそうだが、妻も子もなく、 ...
「いや、私もよく知つて居ります。その手筥てばこは廊下を通るとよく見えます、それに、どうかすると、手筥は開けつ放しになつて居りますから」
「そうだ。夜も明けやすうなったし、転寝うたたねには、よい季節よ。……おう、彼方の千鳥棚にある手筥てばこをかせ。枕に……」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手筥てばこだの、抽斗ひきだしだの、鏡立てだの、手あたり次第に掻き廻してみた。しかし、金はみつからなかった。あらかじめこういう悪心は行き届いている女である。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御金藏の鍵は三つ、一つは殿御手筥てばこに、一つは福島樣手許に、一つは兄が持つて居りましたので、お互に疑ひ合ひ、見張り合ふのも無理はなかつたのでございます
ていねいに書簡をたたんで、押しいただいて傍らの手筥てばこへ納めたが、このときも信玄は、一言の感動も洩らさなかった。いうべきことばもなかったと思われる。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つけて搜すと、わけもなくお寅の手筥てばこから出て來た
修蔵は、両手で懐中ふところを抱えた。その肩を、伝右衛門は思わずかっとして蹴った。お麗の大事にしている手筥てばこが、転がった。銀の平打ひらうちだの、べっ甲のくしだのが散らばった。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「親分、——あの手筥てばこが變ぢやございませんか」
「柳沢との往復の文書が、そのちがい棚のうえの手筥てばこから、二、三通出て来たほかは——」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これ見給え、といわぬばかりに、手燭と共に、法相華文蒔絵ほうそうげもんまきえ手筥てばこがおいてある。筥には青銅の座金もあるが、鍵はかけてない。ぼてっと湿気をおびた一封の包み奉書ほうしょが中にあった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蝶貝ちょうがい模様もようのついた手筥てばこがあるだろう。あれを持って来ておくれでないか」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老女の水瀬が退がってゆくのを見届けてから、御方は、そこに残されてある、銀紙包みの秘薬をとりあげ、ちょっと香を改めてから、蝶貝象嵌ちょうがいぞうがん手筥てばこの底へ、心の笑みと一緒にひそめてしまわれた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いつもの、お手筥てばこ薬嚢やくのうから一錠取って参りました」
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)